母と息子のセンチメンタルジャーニー

8

翌朝、埠頭に来て、待合室に座っていると、昨日のレストランの主人が、わざわざ待合室まで、お盆にお茶を持って来て下さった。感極まった私は丁寧にお礼を言う。昨日別れる時、”お互い、苦労しましたね、“と言って別れたが、

彼も私のことを、苦労を分け合った同胞に感じたのか。

 時間が来て、船への長い階段を上る。「特等室」に入って、又驚いた。絨毯を敷き詰めた、20畳はあろうかという、広い部屋に、大きなベッドが2台、ソファあり、安楽椅子ありの豪奢版だ。

トムはすっかり喜んでベッドに大の字になる。コイツは金も無いくせに贅沢好みだ。

ついでに介添え人トムを紹介して置こう。

エンジニアとして高額所得者だったのに、次々事業を始めては、失敗して多大な金を損している。

腕の良いエンジニアでも、ビジネス感覚が無いようで、いつも人に騙されていたようだ。

彼やその家族たちはいつもお大尽振る舞いをするようで、

ハラハラさせられたが、リタイア後は、何もかも失って、長年付き合っているガールフレンドの家に下宿代払って同棲している現在だ。

それでも毎年2度くらいはガールフレンド同伴で、ハワイにカヌー漕ぎに出かけるという贅沢をしていて、現在もそのチームの何とかという役員だそうだ。彼は未だにネバダに金鉱山を所有している。金は未だに見つからない。

 セルフサービスの食堂で食事しながら「ゆらり船旅」が沖縄到着で終わった。

窓から見ると、乗客は恐ろしく長い階段を降りて地上に行きつく。

リュックを背負った私はトムの前に、手すりに掴まりながらソロソロ降りる。階段半ばで、地上にいた何かの整備員らしき若者が走り上って私に手を貸してくれる。

私の両腕を支えて、後ろ向きに階段を降りる青年が、”大丈夫ですか?”と聞いた時、”私は大丈夫だけど、あなたこそ、大丈夫?後ろ向きに降りてるから、なんだか危なそう”と言うと、青年はくるりと向きを変えると、走り降りて行った。

地上に降り立った私たちは、タクシーでトムが予約していたホテルに向かう。

「Mr.金城、水釜」と言う妙な名前のホテルは、嘉手納飛行場のすぐ脇の、昔私たちが住んでいた水釜という海岸にあ

る。それこそ昔、高校生のトムが活躍、遊びまわった土地である。

何もかも近代的に変わったその土地は、昔の面影などこれっぽっちも残っていないようである。

それはそうと、沖縄では今でも電車が走っている。乗る機会はとうとう無かったので、那覇から北のどこまで行くのかも分からずじまいである。

海岸のすぐ側にあるMr.金城は、4階建ての建物である。朝の10時頃であったが、荷物だけでも預かってもらおうとしたが、オフイスが開いてない。丁度、車に乗り込んでガレージから出てきた若者に事情を聞くと、オフイスは4時にならなければ開かない、と言う。

今、朝の10時頃、大荷物を抱えて午後4時までどうするんだと、途方に暮れて座り込んだ私を見て、若者の隣に座っていた女性が車から出てきて、オフイスの事務員はあちこちかけもちなので、偶に時間外でも来ることがあると言って、携帯で彼に電話するから待って、と言ってくれた。

彼女は携帯をかけた後も、私たちが、どうぞ、後は何とかするからと、いうのも聞かず、一緒に待つてくれた。10分ほどして、事務員なる者が現れた。

カップルの話を聞いた事務員が、ドアを開けて中に入れてくれた。カップルに厚く礼を言って、中に入る。事務員はどうもインド人らしい。英語の方が通じ易そうだ。トムと話しして、荷物を預かってくれることになり、ホットして、外に出る。

真っ先に海岸に行って見る。昔、夫に連れられて始めて見た家の近くの懐かしい海岸だ。

私と高校生から小学2年生の3人の子供たちが空と海の青さにすっかり魅了された海岸だ。

目が届く限り続く白浜と緑の雑木林、沖に浮く白い船のあまた、まさに一幅の絵画的風景だった。

その面影を求めて行きついた海岸は、見渡す限りの白いコンクリートの壁だ。それも地面から10メートルくらい築き上げられていて、私たちの視界を遮り、全く海は見えない。壁の下部は又白いコンクリートの路が壁に沿って果てしなく続く。やっと壁に上れる階段を見つけて上って見る。期待した白浜ははるか遠くに片々を見せるだけで、直ぐ下には、防波堤用に作られたコンクリートの大きな塊がゴロゴロ転がっている。昔の面影は全く見られない。

諦めて取って返し、最前タクシーから見たマクドナルドに歩いて行く。ハンバーガーを食べ終わり、近くのモールに歩いて行き、当分の食糧を買い込む。相変わらず店内は空いて居る。出来合いのお弁当やら、果物やらを買い込んで、ホテルに向かう。4時前だったが、事務員が気を利かせて、ルームのカギをくれる。4階建ての最上部のペントハウスだ。エレベーターで上がり、通路の最後部の部屋に行く。

LDKの部屋は思ったより快適にできていてる。冷蔵庫やマイクロオーブンもついている。これはサーファー向けの、自炊できるモテルの一種だと悟った。ベッドルームの窓からは、真っ青な海が視界一面広がり、反対側出入り口からは、水釜の町を超えて嘉手納の飛行場も見える。

すっかりご機嫌になった私は、ここにずっといて、バケーションにしようよ、とトムに持ちかける。費用も普通のホテルの半値だし……と。

大荷物をほどくのに忙しいトムは生返事。見ると、着替えもワンさと持って来ていて、私よりよほど衣装持ちだ。 続く