Mrs Reikoのルーマニア ブルガリア紀行

5月23日

朝食のテーブルでジャネットと一緒になる。

ルーマニアで食べ損なった林檎を、ブルガリアでも同じようなものであろうと、ナイフも無いまま、ガブリと丸齧りすると、ジャネットが恐ろしそうに私の顔を見る。

ああ、そうだった、私みたいな年寄りが林檎を丸齧りすると、奇怪かも知れないと、反省する。

皮の青い大きな林檎であったが、瑞々しく、甘みも青森産と変わらない。

ロビーでミニバスを待っていると、韓国婦人たちが来た。

3人で話をしていると、つい目先に座っていた男二人が喧嘩を始めた。

立った一人が座った一人の頭を平手で殴る。

アレッと見ていると、また殴る。

“喧嘩してる”と、私が言うと、彼女らも見る。

殴られた方は殴り返さず、何か言い訳をしてるみたい。

やがて私たちに気がついた殴り男は、座って語気荒く何か言い募っている。

暴力をふるう人に馴れていないので怖いと、私が言うと、フョンが、私は馴れていると言う。

二番目の兄が酒を飲む度、戸障子を叩き壊したりしたそうだ。

ある日、一番上の兄と三番目の兄が一緒になって、彼を殴り、懲らしめた。それきり二番目は温和しくなったそうだ。

そのお兄さんいくつだったのと、聞くと、19歳だったと言う。

ご両親は何もしなかったの?と、聞くと、母はいつも泣いてばかりいたし、父はコンキュバィンの事で忙しくて何もしなかったと言って、ハ、ハ、ハ、と大笑する。

あけっぴろげの彼女が急に可愛くなった。

一度彼女は車中で、”レイコーッ、あなたのハズバンドは白人?”と聞いたことがあった。

“そうよ。”

”私のもよ、“と彼女。続けて、

”フツウの将校?”ときた。

“ノー、フツウの兵隊。”

彼女のようにカガヤかしい人生を歩んでいない私は、あまり誇らしげに語ることが無い。

彼女は換金したお金がなくなると、“誰か貸してーッ”と、叫ぶ。一度スタンが貸してやるのを見たことがある。

皆の前で借り、皆の前で返すと言うのが、彼女の流儀であるらしい。彼女のように無邪気になれたらどんなに良いだろう。

ミニバスが来て、プロディ(Provdiv)の町を見学に行く。

シプカShipka 教会を見学の後、日本の“明治村”のような所に連れて行かれる。

ゲートを入った途端、良い匂いが鼻をくすぐる。

パン焼きを実演しているのだ。

あまりにも美味しそうな匂いにつられて、丸いパンを一枚買う。

どっしりと重い、ボリュームのあるパンだ(3リヴァ) 以後、最後の日まで非常食として持ち歩く。

その後、エツラEtura民族博物館で、昔のアルバニア人の金持ちの家を見学する。

トルコの家のように、広い部屋に一メートル程の高さの、ベッドを延長したような広い床があり、カーペットが敷かれたその上で、家族や使用人たちが寝たり針仕事をしたりしたという。

糸紡ぎやハタ織りの機械の他、色々の用具が置いてあり、生活感がある。

主人の部屋も使用人の部屋もあまり変わり無く質素だ。

井戸は庭にあり、大きな鍋や釜のある二階のキッチンまで運ぶのは大変だったろうと、ときの使用人に同情する。

次に、4000年前のロシアの将軍の墓のレプリカを見る。

側のミュージアムに、墓の図面や掘り出された遺物が展示されている。

発掘中の本物の墓は柵で囲まれ、見ることはできない。

気の利いたレストランに入って昼食を摂る。

リヴァの持ち合わせが少なくなったので節約して、茸入りオムレツとソーダ水を取る。

ジャネットが貸してあげるよ、と言ったが丁寧に断る。

どうも、人から物を借りるということに、抵抗を感じる

たいして安くなく、15リヴァもした。

プロディの街中、ミナレットが空高く聳え立つ回教のモスクにも連れて行かれた。

靴を脱がぬと入れぬと言われ、面倒なので入らなかった。

モスクは前にも何度か見たことがある。

同じく居残り組のアレックスと二人で町をウロウロする。

ギリシャ正教の彼は、モスクに抵抗を感じるのかもしれない。

その点、ジャネットはナンデモござれと、どこにでも入る。

私はただメンドクサイだけ。

ユダヤ教徒であろうジャネットは、ニューヨーク市の下町(と思う)のクイーンスのアパートに住んでいる。

種々雑多な民族がお互い隣り合わせに暮らしているが、とても平和だと言う。

ルーマニアブルガリアも多宗教国家であるが、喧嘩もせず、お互いの宗教を認め合っているらしいから、偉い。

どんな宗教でも、信者にとっては絶対のもので、彼らの敬虔さには心を打たれる。

ホテルに帰ってから、また歩いて、ツアー付きのディナーを食べに行く。

戸外で食べたチキンは硬くて美味しくなかった。

”レイコ、塩、“と、隣に座ったスタンが指差す。

わたしゃウエイトレスじゃないんだよと、無礼にも聞こえる彼の言葉にカチンときた私は、心中呟き黙って渡す。

旅行から帰る度に踵が痛くなる病気を持つと言う彼は、アルコールを飲まない。

いつもダイエット・コーラが無いかと、レストランで騒ぐ。

ワイフや娘にイヤがられるというタバコを、安いこの国で、この時とばかり始終吸っている。

ホテルに帰った後、暇つぶしに探検してやろうと、ロビーの奥の大きなカシノに入りかけたら、その前にいつも立っている、黒の背広の男が寄って来て何か言う。

ちょっと見たいだけだと、英語で言っても解らない。

仕方なしに指眼鏡を作って覗き見を真似る。笑って男は中に入れてくれた。

内部はアメリカのカシノと変わらない。

ガラガラに空いたカシノをゆっくり見て歩いていると、若い女が来て、丁寧な態度で、キャッシヤーの所に行って登録しなければいけない、と言う。

ギャンブルする気は無いので、直ぐ出て来た。