5月24日
途轍もなく大きな修道院に連れて行かれた。
残雪を戴く周囲の連峰を遥かに見上げる修道院は、リラRilaという谷間にあり、UNESCOの世界遺産に登録されている。
大勢の人が歩き回る門内の中央に教会があり、広大な僧院がそれを取り囲む。
回廊の所々に突き出ている金属のパイプから、清冷な水が間断無く流れている。
飲んでみると氷のように冷たく美味しい。
私は、それ以来、水道の水を飲み続け、ペットボトルにも詰めて持ち歩いているが、どこの水もとても美味しい。
教会の中とその周囲を見て回った後、小さな土産物屋で僧侶が編んだという、頑丈そうでカラフルなソックスを買う。
店は大変な繁盛だ。英語の良く出来るおかみさんがテキパキと客を捌いている。
トイレの所在地をアンドレに聞いていると、フョンが、私も行くと言って付いてきた。建物の角にある原始的な (水洗だがしゃがむ、)トイレに入る。
”どっちが前だか後ろだか、わからないわね、“と隣のストール(囲い)の彼女に声をかけると、本当に、と答えが返ってきた。
そういえばいつの頃からか、車の席順の関係で、いつも一つか二つしかないストールの列でしんがりになる私を、彼女たちは先に入れてくれるようになっていた。
車を降りてから私を待っていてくれるのだ。
車の後席から一番後に出て、トイレの列の最後につく私を、一度アンドレはおいてけぼりにしたことがあった。
ある教会見学の時、私を待たずに皆と塔に登ってしまったのだ。
塔への階段が見つからぬまま、“あのアンドレ奴が”と、教会見学にたいした興味はないとはいえ、なんだか、ないがしろにされたような感じを抑えて、その近所の写真を撮ったりして皆を待った。
教会に興味を示さぬ私を思い遣ったのか、それとも、始終トイレのノロい女と、苛立ったのか。
いつも彼女たちが済むまで待たなければならぬ身にもなってみろ、と思ったものだが、彼女たちはそれに気がついていたのであろう。
僧院の近くで昼食を摂る。スープを飲みながらフョンが聞く。
“レイコはコンドのリーディング・クラブのメンバーなの?”
“リーディング・クラブ?”
“私のコンドにはリーディング・クラブがあって、月に一度メンバーが集まって読んだ本の批評するの。”
“便利ばかりが取り得の私のコンドでは、あまり本を読む人もいないみたい。”
“英語の本を読むの?” ジャネットが聞く。
“そうよ。”
“そうねえ。翻訳物だったら‘トラウマ’みたいな言葉が出てきて混乱するかもね“と私。
皆ワッと笑う。
自称、グルーピィgroupyだ、という彼女は、その他にも色々のグループに属しているという。
ミニバスはブルガリアの首都、ソフィアに向った。
ソフィアSofiaとは英語のPhilosophy (哲学)のことよね、とフョンがアレックスに念を押す。
知恵者と乗り合わせて幸いだ。居ながらにして学べるんだもの。
夕方遅くソフィアのヒルトン・ホテルに到着する。
何もかも揃った素晴らしいホテルだ。
しかし、食事は不味い。出て行くのが面倒だったので、ルーム・サーヴィスを頼んだが、塩辛いハンバーガー、タイ風チキンスープ、フレンチフライ、みな不味かった。
テレビはNHK番組を放映していたが、同じ番組が繰り返され、一時間ほどで、飽きて眠ってしまった。