5月24日
ソフィアの町を見物して歩く。
アレクサンダー・ネヴスキー大聖堂、セント・ニコラス教会を訪ねた後、ソフィア最古の教会、セント・ジョージ教会のロタンダ(円形建築物)を見に行く。
なんでもキリストの頃からの建物であると、聞いた。
そのうちの一教会(名を忘れたが、ブルガリア正教会?)を見学した私は、やはり直ぐ出て来てしまい、外で皆を待っていた。
教会の前には車椅子に乗った男が物乞いしている。
中で信徒に恭しく囲まれて話をしている僧侶が見えた。
ところが僧侶は、急に話しを途中で打ち切るようにして、急ぎ足で教会から出て来た。トイレにでも行くのかと、私の好奇心を誘った彼は、教会の横でハタと立ち止り、タバコに火をつけ、携帯電話で話し始めた。
タバコと携帯電話か。僧侶にはなんとなくそぐわない。
その後ソフィアの町を散策してホテルに帰る。
今夜はお別れのディナーがあるので7時にロビーに来るようにと、言われた。
ロビーで集合した時、アンドレが、私の飛行機が午前6時20分発のため、明日午前3時45分に迎えに来ると言う。
ひがな一日歩いた後、午前3時45分ははツライなあ。
豪華なレストランに行きディナーを食べる。今夜はワイン付きだ。
私が白ワインを、アレックス、ジャネット、韓国婦人が赤ワインをオーダーする。
ワイングラスに満たされた白ワインが私の前におかれ、デキャンターに入った赤ワインは、テーブルの中央におかれた。
アンドレとニックはビールを、私たちはワイングラスを挙げて乾杯する。
笛や太鼓の賑やかな音楽が始まった。
そのうち民族衣装を着た若い男女が踊りながら入ってきて、音楽に合わせて活発なダンスを始める。
非常にテンポの速いエネルギッシュなダンスだ。
暫くして、向かいに座ったアレックスのグラスが空なのに気が付いた私は、隣席の眼鏡サンに、“アレックスはもっとワインを飲みたいんじゃないかしら”と、半分以上もワインが残っているデキャンターを指して 囁いた。
“おお、”と彼女は急いでデキャンターを取り上げ、アレックスのグラスにワインをなみなみ注いでやった。
可哀相に、デキャンターでワインが出てくるとは予想もしなかった彼は、スタンのように、”ワイン!“と、年上の男女にグラスを突き出せなかったのだろう。
眼鏡サンは彼のグラスが空になった頃、”もっと、どお?“とデキャンターを取り上げたが、食事を終えたアレックスは断った。
結局赤ワインは、デキャンターに半分ほど残ってしまった。レストランは随分得をしたようだ。料理には使えるのだから。
音楽とダンスは延々と続く。
アンドレ、スタン、フョンは、可愛い踊り子に引っ張り出されて踊りの輪に加わった。私たちネクラはただ見るのみ。
そのうちアレックスがスタンのカメラを取り上げ、写真を撮りだした。
眼鏡サンもフョンに同様のことをしてあげる。
フョンに比べてずっと口重の彼女は、“フョンとは高校以来の友達だけど、一度も喧嘩したこと無いのよ、”と静かに言う。
“フョンは良いお友達を持って幸せね、”とお世辞抜きで答えた。
11時になった.少しでも寝ておかなければブッ倒れると、気が気じゃない。
他のメンバーの飛行機はみな午後に出発する。
朝の3時には起きねばと思うと、気もそぞろになる。
ようやくホテルに帰った時は12時を回っていた。
明日も会うことだしと、チップの封筒をカバンに仕舞いこんだまま、降りようとすると、前に出た人たちがみな封筒をアンドレとニックに渡している。
アレッと思って、急いでカバンの中を探すがなかなか見つからない。
やっと探し出した時には、みんなホテルに入ってしまった後だった。
運転席にいるニックに“ムツメスク、”と言って封筒を渡すと、“ムツメスク、グジャ、グジャ、グジャ・・・”と、満面に笑みを浮かべ、私に解らぬ言葉と共に熊手のような両手で私の手を握る。
ロビーにいるアンドレにも封筒を渡そうと、急いで玄関口に近寄った私に, “Have a good trip home! (気をつけてお帰りよ)”と、タバコを吸っていたスタンが声をかけてきた。
それまで彼に気が付かなかった私は、思いがけぬ優しい言葉に胸を突かれ、”Thank you. You too”と、感謝した。
またルーマニアに来る、と言うフョンとメール・アドレス交換などのため、座って打ち合わせをしていたアンドレにも、有難うと、封筒を渡す。
ジャネットが立って待っていた。
“あなたにサヨナラを言わずに別れたくなかったのよ、”と握手する。リュウマチ持ちの彼女の握手は穏やかだ。
彼女の後ろで、微笑みながら立っていたアレックスとも握手する。
じっと眼を見合わせての力強い握手だ。
眼鏡サンと抱き合ってサヨナラしていると、フョンが立って来て、
“グッバイ、レイコ、あなたと旅して楽しかった、”と言い、しっかり抱いて離さない。眼が濡れている。
“私もよ“と、強く抱き返す。
ずっとそのまま一緒に居たかった人たち、さようなら。
後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻る。