Mrs Reikoの長編小説      戦争花嫁           

                                        青春   6


 旧日本軍の格納庫を改造した、とてつもなく大きな映画館には、ホイットレイという曹長と、オハラという上等兵のほか、20人ほどの日本男性が働いていた。

30過ぎのホイットレイは、不敵な顔の肥った大男で、まだ20歳ほどのオハラは、ひょろりと背が高く、細面の、人の良さそうな笑顔の持ち主であった。

マネージャーのホイットレイの指示で、耀子は一般兵士に切符を売ることになり、同時にスカウトされた22歳の美紀は、将校と家族を相手にすることとなった。

オハラが2メートル四方のブースのドアを開けて耀子を入れ、簡単な切符の機械の操作を教えてくれた。

ブースにはロビイに向けてはめ込まれた大きな曇りガラスがあり、その下方に切った空間から手だけを見せて切符を捌く売り子の顔は、覗き込まなければ見えなかった。

男にしては少し高い声で、優しく機械を説明するオハラの、爪の短く切られた白く美しい指先に、耀子は見とれた。

ハンサムというほどではなかったが、栗色の毛を短く刈り込み、青みがかった茶色の眼の清潔感あふれる顔には、あどけなさが残っていた。

1枚25セントの切符を玩具のような軍票と引替えに、機械からガチャン、ポンと人数分出し、釣銭を数えて渡す仕事に耀子はすぐ慣れた。

その日、仕事が終わった後オハラは、耀子、美紀、富田を、ビロードの豪華なカーテンが下がる舞台脇の、彼とホイットレイが寝泊りしている部屋に案内して、鉄製のベッドの下に置かれた木のケースから、コカコーラを出して、みんなに振舞った。

映画館の仕事は耀子にうってつけであった。

週日の仕事は、夜の6時半から9時まで、週末は、午後の2時、6時半、8時半の3回で、寮からの行き来は兵隊がジープで送ってくれた。

耀子は美紀と共に、アメリカから送られて来る封切映画をみな見ることができ、また

ニュース映画を通してアメリカ社会の現状を知ることもできた。

その頃のアメリカは未だ戦勝気分に沸き立っていて、ニュースにも悪いことはなにも見られず、エロール フリンや、リンダ ダーネル等の美男美女が活躍する“天然色”の映画は、この世のものとも思えぬ甘美な夢の世界であった。

 毎朝10時頃起き出し、人気の無い寮のキッチンで食事を作って食べてから、湯が漲る、寮の広い湯舟の一番風呂に入り、身なりを整え、6時頃来るジープを待つ、という生活はこたえられなかった。

富田が、家に仕送りしているのだからと、耀子の月給に家族手当がつくようにしてくれたので、毎月母に手渡す金はメイドをしていた時より多くなった。

いつも古い軍服を着てロイドメガネをかけた、復員兵士のような富田は、盛岡の医者の三男坊だそうで、病気のため兵役を免れ、その間に英語を勉強して通訳になった男で、30才近くなったその頃、誰彼の見境なく結婚を申し込むので有名であった。

耀子も結婚を申し込まれた一人であったが、“ホラ、また富田さんのケッコンが始まった”と、彼女は笑い転げて相手にしなかった。