Mrs Reikoの長編小説  戦争花嫁                         

                  ドイツ 1

二日ほどそこで休んだ後、義姉に送られて瑤子親子はリッチモンドから汽車に乗った。

ニューヨーク行きの列車では、親子三人が上部の一寝台をあてがわれ、子供たちを先に入れた瑤子が梯子を上ろうとすると、それまで介添えしてくれていた黒人のボーイがいきなり彼女の脚の間に手を入れてまさぐった。

怒りと羞恥でものも言えず、瑤子は黙ってカーテンを引いた。

後で彼女が気がついたことだが、旅をしたら、なにかにつけてチップをやる、ということは知っていたが、ちょうど小銭がなく、やってもやらなくても良いものであろう、というほどの認識しかなかった彼女が、気がつかぬ振りをしたため、腹いせにやられたものと見える。

翌朝、時間になったら起こしてくれる、と約束したボーイはとうとう来なかった。

子供たちに服を着せ、身支度した瑤子は小さなスーツケースを片手にロバートの手を引いたが、グランド セントラル ステーションの人ごみの中をチョロチョロ走りまわるエミイにも注意しなければならず、泣きたくなった。

赤帽が寄って来てスーツケースを持ってやる、と言ったので、ホッとした瑤子は空いた手でエミィの手を引いた。

赤帽は、外地に行く軍の者たちの集合所を知っている、と言って、長いプラットホームを先に立って歩き、階段を上がり、とある片隅の集合所に親子を連れて行った。

ハンドバックの中に五ドル紙幣が一枚しかなく、あとはスーツケースに入っていたので、瑤子は、なにかと子供にかまけている振りをして、赤帽が諦めて立ち去ることを願っていた。

書類の手続きをするため、カウンターに坐らせたロバートが転げ落ち、ちょっとした瑕を顔に受けて大声で泣き出すという事件があったりしたが、瑤子はいつまでもそこに立っている赤帽が気になって仕方がなかった。

一五分もたった後、とうとう赤帽は瑤子に近寄って来て、「あんたは私に何かくれるんかね?」と聞いた。

瑤子はドギマギして、「じつは、上げたいと思ったんだけど、あいにく五ドル札が一枚しかないの。どこかで細かくしてきてくれる?」と聞いた。

紙幣を持って行った赤帽は、五枚持ってきた一ドル札の一枚を受け取り、礼も言わずに立ち去った。普通は二五セントが相場であった。

家族たちは軍が廻したバスに乗って乗船管理部内の建物に行き、出航の手続きをした。

係りの白人女が瑤子に、荷物はどうした、と聞いたのがよく聞き取れず、思わず、エッと聞き返すと 「荷物!」と雷のような声が返ってきた。

ようようの思いで親子は宿舎の一室に入ることができた。

二晩泊まったその薄暗い部屋は、天井が高く陰気であった。

そこにいる間はカフェテリアで食事を摂ったが、二人の子供連れには棚から食物を取って盆におく、ということが、なかなか大変なことで、瑤子はほとんどなにも食べずに過ごした。

二日後、軍用船のシャワー付き船室に入れられた時、瑤子は芯の髄まで疲れきっていたが、海は割合穏やかで、船酔いの症状は初期に軽く出ただけで済んだ。

乗船中、エミイは相変わらずフラフラ歩き回りたがり、ちょっと目を離すと、他人の船室のドアを開けて入って行くので、“日本人はドアをノックする習慣が無いからだ、”と白人の女たちが笑っていた、と船で知り合った日本人の女に瑤子は言われた。