アンディの故郷 ヴァージニア州 10
エミイが男を連れて帰って来た。
カーニヴァルを転々とするその男は口が達者で、近くからの電話で、トクトクと、「お宅の娘さんを連れて参りました」とアンディに言ったそうだ。
アンディが言われた場所に迎えに行くと、その男はオンボロの車を運転してついてきた。
いかにもヒッピー風の卑しげな男に強いことを言えば、何をするか判らないので
瑤子は仕方なく彼等を泊めた。
しかし、結婚していない二人を同じ部屋に寝かすことはない、と上下の別々の部屋で寝かせた。
それが不服な男はエミィを川端に連れて行き、枯れ草を髪の毛につけた彼女と帰って来た。
彼女は自分の家がエミイの連連れ込宿になるのを恐れた。
硬い顔をしたアンディ夫婦が、彼等を居候にする意思が無いことを悟った男は、一週間ほどしてエミイを連れて出て行った。
100マイルほど行った土地で車が壊れた、とエミイが電話をしてきたので、アンディが行って彼女だけ連れて帰って来たが、暫くして、エミイはまた、ある男とどこかに行き、結局オークランドに舞い戻った。
フィリップが陸軍を除隊して、サンディゴの州立大学に進学した。
兵役を三年勤め上げた彼には政府から補助金が出て、大学に行けたのだ。
ロバートは既にカリフォルニアの大学を卒業し、ワイフのダイアンと六ヶ月になる赤子と共にサクラメントに住み、エンジニアとして勤めていた。
オハラ夫婦は息子達を訪ねるため、カリフォルニアまで旅をした。
少し余裕ができた彼らは、もう沖縄に向かった時のような惨めな思いもせず、途中モーテルに泊りながらゆっくり旅行を楽しんだ。
真冬というのに、サンディゴでは毎日太陽が顔を出して暖かく、首筋の神経痛を病んでいたアンディはすっかりその地に魅せられた。
「ホラ、冬だというのに、トマトが生ってる」と彼はモーテルの庭を指差した。
二週間ほど、フィリップの下宿の近くのモーテルに泊った後、彼らはヴァージニアに帰って来たが、それから彼は機会ある毎に、カリフォルニアに移ろう、と瑤子を誘った。
父親はとうに亡くなっており、母親もその年死んだので、誰に気兼ねなくどこへでも行ける、と彼は唱えた。
昔からカリフォルニアが好きな彼は、始終カリフォルニアで任務につくようにしたのは事実だった。
一方ヴァージニアを愛していた瑤子は新しい家を建てた時、これこそ終の棲家、と決めていたので、なかなかウンと言わなかった。
しかしアンディはことある毎にヴァージニアをけなし、心はもうカリフォルニアに飛んでいた。
その年の冬は寒さが特に厳しく、雪が一度に三十センチも積ったり、樹氷の重みで枝が折れ電線を切る、アィスストーム(氷嵐)が頻繁に起り、オハラ家でも一週間ほど電気が点かぬことがあった。
暖房の薪はいくらでもあったが、電気のレンジが使用できず、瑤子は薪ストーヴの上で料理をしなければならなかった。
アイスストームというのも凄まじいもので、川端の木の枝がバリバリと音をたてて折れる音を一晩中耳にして、瑤子は眠れなかった。
アンディは、雪が積ると放って置けぬようで、寒さの中、鼻の頭を真っ赤にして濡れ縁や車寄せの雪かきをした。
ヴァージニアの雪は二.三日でいつも溶けてしまうので、そのままにして置いたら、と瑤子が言ってもきかなかった。
親族が近くに住んでいるのに彼はあまり幸せそうでなく、頻りにカリフォルニアを口にした。
楽しまぬアンディを見て、瑤子はとうとうカリフォルニアに移ることに同意した。