Mrs Reikoの長編小説                    

      邂逅 再びカリフォルニア州 10

大学は後一年ほどの辛抱であった。

膨大な数の生徒の中、彼女は駐車のスペース獲得のため、ほとんど毎朝七時に家を出て車を渋滞の流れに乗り入れた。

駐車場に着いた後クラスが始まる時間まで、彼女は車内で勉強した。

ほとんどが若い学生の中で、白髪が大分目立つようになってきた瑤子は、いやでも感じる引け目を無理やり押さえつけ、強引にクラスに通った。

教授のなかには、なんでここに来ている、という目で彼女を見る者もいたが、大部分は親切であった。

英文学の成績は教授達が期待したより良かったのか、試験後に瑤子を見る彼等の目が変わった。

 夜、猟に行く彼に代って頼子が頻繁に電話をかけてきた。

成人した五人の子供達と孫三人、それでなくても人が集まる彼等の家では話題につきることがなく、頼子は次々と彼等の噂をして一時間以上も喋っていた。

たまに夫がそこに帰って来ると、彼女はすぐ彼に受話器を渡した。

瑤子は二十年前も感じた頼子の真意を、また感じられるようになった。

何もかも心得、ヤンチャな夫を好きなようにさせ、夫の短気を和らげてくれる瑤子に夫を託し、平和を保つのが最善、と賢い彼女は決めているようであった。

お互いなにも言わず、それは暗黙の了解のようなものであった。

そんな頼子の心情に瑤子もまた気づかぬふりをして、彼女の前ではけして彼に馴れ馴れしい素振りを見せなかった。

電話の彼は、相変わらず陽気に狩猟の話しをし、もし再婚するなら貧乏人はやめとけ、と冗談を言い、最後に必ず、アイラヴユー、を付け加えることを忘れなかった。

夏休み、フィリップが新車でイラン人のガールフレンドと、ヴァージニアを含む東海岸に旅行し、帰途、デンヴァーに寄ってポールにも会いに行く、というので、瑤子も便乗して、まずヴァージニアに行き、そこから彼女一人、鉄道でジョージアに行く計画を立てた。

その頃、ヴァージニアにはエミイも住んでいた。

行き当たりばったりの黒人のトラック運転手がヴァージニアの出だ、ということだけで、一緒にヴァージニアに行ったのであった。

ヴァージニア州ポーツマスの黒人街、その運転手の家にいた彼女を見て、瑤子は悲哀に打ちのめされた。

空き家のような荒れ果てた家の中で、長い髪をぼうぼうにしてボロを纏った彼女は、それでも元気でいた。

彼女は、運転手が今仕事でどこかに行っている、と言い、電気代を払わぬため、電気を消された、とも言った。

そんな彼女を見捨てて去る罪悪感が、瑤子を拷問のように責めたが、彼女は敢えて金を与えなかった。

そのような所に彼女を置いている男は、必ず瑤子の親心を悪用することが解っていた。

彼女はエミイと共倒れになるのが怖かった。

フィリップが金をやって、電気を点けてもらえ、と言った。

彼やガールフレンドに、冷たい母親、と思われることも承知で、瑤子は沈黙を守り、ポーツマスを後にした。

フィリップの大きなシヴォレー、ブレーザーでの旅は快適であったが、アムトラックは案外時間がかかり、瑤子はヴァージニアからジョージアまで、一晩、座席で

過ごさなければならなかった。

駅からタクシーでグリーソン家の近くのホリデーインにチェックインした彼女は、彼の家に電話した。

すぐ、小型トラックで来て、嬉しそうに戸口に立った彼は瑤子を家に連れて行った

その晩、頼子の手料理にもてなされ、翌日また農場に連れて行く、と約束してホテルに送ってくれた。

東海岸を旅行しているフィリップがジョージアに来るまで、彼女は毎日農場へ行き、夜はラクーン狩りに行った。

夜の狩猟は危険が多く、古井戸、ガラガラ蛇、うるしなどに気をつけねばならず、蚊、ぶよ、ダニも多くいた。ミシシッピーの田舎で育った彼には免疫ができていると見え、ダニも蚊も彼を刺さぬのは不思議なことであった。

悲惨なエミィのイメージを忘れるため、瑤子は彼についてガムシャラに野山を歩き回った。

彼の狩猟仲間は大胆な彼女に驚き、世界でただ一人であろう日本人の、しかも女のラクーン ハンターを、グリーソンは自慢した。

北部旅行を終えたフィリップとガールフレンドがグリーソン家に到着した。

一家は総出で彼らを出迎え、息子たちは幼いときに別れたフィリップとの再会を喜び、握手を交わした。

デンヴァーで、友達三人共同で大きな家を借りて住んでいたポールは元気そうで、引っ込み思案の彼が少し明るくなったようだと聞いて瑤子は喜んだ。

兄弟中一番背の高い彼は、六フィート以上もある大男で、父親似の好男子であった