Mrs Reikoの長編小説 戦争浜嫁

            青春   2

 

その頃、旧日本軍の飛行場建設中だった小高い山の高台に進駐軍の宿舎建設のため、近所の大人たちは勤労奉仕として駆り出されていた。

女学校を止めた瑤子は、その大人たちに交じって土方工事に通うようになった。

顔良し、といわれ、プクッとした顔に細いながらも黒目勝ちの眼の瑤子は、背の高いのが取り得で、生まれて初めて肩にしたモッコの片棒も平気で担ぎ、周りの大人たちに褒められて気を良くした。

なにがしかの日当を貰い、それを母に渡すことも誇らしかった。

そのうち近所の女子たちと本当の日雇いになり、毎日進駐軍の現場に行き出したが、間もなく、いつも伝票に判を押してくれる労働組合の男に声をかけられ、その事務所で判を押す仕事をするようになった。

仕事は楽になったが給料は安く、毎晩帰って行く家は暗く、炭もないまま、蕎麦殻を埋め込んだ、煙で燻る只一つの炬燵は、いつも喧嘩ばかりしている幼い弟妹たちと母に占められ瑤子の入る余地もないほどで、寒風は瑤子の身も心も苛んだ。

進駐軍近くの下の町には軍政府が置かれ、アメリカ兵がしばしば見られるようになった。

急造された中央通りのただ一軒のダンスホールからは、“ユーアーマイサンシャイン”等の陽気な音楽が聞こえ、洒落た洋館から流れ出るバターやビフテキの匂いが、前を通る常時空腹の瑤子の鼻を強く刺激した。

干した大根の葉や、小さく切ったイカを入れた少量の雑炊ばかり食べていた十六才の瑤子は、その匂いに豊かなアメリカという国を偲び、なんの屈託も無げに振舞うアメリカ兵を羨んだ。

そのような時、アメリカ兵の家族に仕えるハウスメイドという仕事があって寮に住み、三食付きで二千円という話を聞き、労働組合から月七百円貰っていた瑤子はなんの躊躇もなく、レーバーオフイス(労働事務所)に応募しに行った。

母が父のズボンをほどいて接ぎ合わせて作ったスカートを穿いた瑤子を、三十代前後の富田というレーバーオフィスの通訳が親切に応対してくれた。

身の回りのものを取りに、その日は一旦家に帰った。

荷物をまとめている瑤子を立って見ながら母が、「なんだか、あまり風紀がよくないんだってサ」と言ったが、すっかりその気になっていた瑤子は「三食付だから月給は全部お母さんに渡せるじゃないの」

「だってメイドって言うのは女中でしょう?」結婚以来、ずっと女中を置いていた母は、なおも食い下がった。

「土方もメイドも働くことには変わりないでしょ。食べるものも無いのに贅沢言っていられないわ」

瑤子は母の繰り言が疎ましかった。