Mrs Reikoの長編小説      戦争花嫁           

                                青春   3

最初に行ったハウスは、ヘットリンガーという大尉の家で、ドイツ人だというワイフは、始めての子を妊娠中で大きなお腹を抱えていた。

ワイフが来るまで、大尉の前任地の独身将校宿舎から引き続き付いて来たというボーイの平岡という25才位の男が万事取り仕切っていた。

平岡が大尉の靴磨きとか、力のいる仕事をし、耀子が、掃除、洗濯をすることになったが、掃除はともかく、未だ洗濯機のなかった家のバスタブでの洗濯は大仕事であった。

ダブルベッドのシーツの上下から、彼らが使う度にポンポン投げ出す大きなバスタオルを絞るのは、彼女の手にあまった。

一度、耀子は、濯ぎ水から取り出した洗濯物をそのまま絞らずバケツに入れ、外の物干し綱に一枚ずつ洗濯バサミでとめた。

どうせ風が乾かしてくれると、たかをくくっていた彼女は、まだ洗濯物からしずくが垂れている時、外出から帰宅したワイフが驚いた顔で洗濯物に触っているのを見た。

ワイフは非常に吝嗇で、自分が好んで作るドイツ式パン菓子など、カビが生えても耀子たちにくれることはなかったが、その後まもなくローラー付きの攪拌式洗濯機が家に運び込まれた。

耀子は平岡が作る、鮭の缶詰と玉ねぎを入れ、ケチャップで炒めたパラパラの炒飯を、毎日昼食に食べさせられていた。

背の高い平岡は顔も悪くなかったが、何かに拗ねているかのように、耀子とはほとんど口をきかず、“知っちゃーいねーョ”と言うのが口癖であった。

ある日、辞める、と言って、以前に大尉から貰った、というギターを持って来て冷蔵庫の上におくと、プイと出て行った。

それから暫く、耀子は一人でケチャップ飯を炊いて、なんとかこなしていたが、朝食無しで、夜は寮に帰ってから炊事場で夕飯を作る、という生活は、大分約束と違う、と思っていた。

寮の女たちの話では、勤め先の家によって待遇が違う、ということで、ワイフに娘のように可愛がられ、食べ放題で洋服まで買ってもらう、という女もいれば、なにも食べさせてもらえない、という女もいた。

 寮の女たちの境遇も実にいろいろで、空襲で焼け出された者、外地からの引き上げた、戦争未亡人、恋人を戦争で亡くした者、戦前横浜の外国人家庭でコックをしていた者、近辺の農家の娘、アメリカに憧れる、いわゆる良家の子女等々であった。

町の大きな呉服屋の娘は、やはりアメリカに憧れた組で、暫くして彼女は時代の先端を行くモデルになり、その後10年ほど、婦人雑誌のファッション ページに姿を見せていた。

 ヘットリンガーの隣家、ショルツ家で働く花子は、25歳位のメガネをかけた女で、その家の8才になる双子の女の子たちに、まるで母親のように自信ある態度で接していた。

彼女が大声で、”ローレン アンド レンダー!“と呼ぶのを耀子はよく耳にした。

彼女はキリスト教徒とのことで、賛美歌を歌いながら寮の廊下を通ったりして、他の女たちに疎まれていたが、東京のミッションスクールに通っていた耀子とは気が合い、昼間、ハウスの裏口の階段に腰掛けて話をしたり、夜は、寮の彼女の部屋に上がりこんで、うっとりと語る、花子の恋物語などに耳を傾けた。