母と息子のセンチメンタルジャーニー

     構内の案内所を探す。昔は「みどりの窓口」といったものだが、今は「ナントカ案内所」で、新幹線の大阪までの座席予約を取る。富士山が見えるといいな、とトムが言ったので、進行中右側の窓に目を向けていたが、残念ながら見ることは出来なかった。

車中、トムは『東横イン 通天閣』の予約を取る。ホテルの予約を取るのは、私の付添いの役目だ。目の悪い、機械に疎い私はとてもスマホでホテルの予約を取ることは出来そうにない。若い、機械に詳しい彼らは難なく取る。最もトムは若くないが、エンジニアの彼は一日中コンピューターと睨めっこしているので、予約を取るなどお茶の子だ。

外国人達で賑合う通天閣付近はいつも歩く余地もないほど混雑しているのをアメリカのテレビで見ている。レストランに入れなくても、まだ見たことが無い通天閣だけでも見ておこうと、東横イン通天閣に決める。

新大阪駅で、タクシーに乗るつもりで出口を目指す。車付きケースはこういう時に役に立つ。トムが私のリュック以外全部ケースの上に乗せ、リュックを背にした私の手を引く。

一応新幹線プラットホームを降りて、出口につながる通路に立ち、さて、どっちの方角に行こうかと、立ち往生する。掲示板に示されている出口は二つ三つあって、どっちに行って良いかわからない。違う方向に出たら、タクシー代をものすごく取られるか、又長いこと歩いて、元来た通路に戻らなければならない。

聞いてくる、と言ってトムが荷物を私の側において立ち去る。置かれた場所は、新幹線のホーム行き階段と、出口につながる通路の十字路まんまん中だ。

コロナのため普段よりは少ないであろう人込みだが、それでも相当な数の、忙しそうに行き交う人々の中、ウズたかく積まれた荷物の側に迷子のようにボーっとして立つ老婆を、人々は目もくれず、よけて通る。

これ以上耐えられないと、私は重い車付きケースを一押しするがビクともしない。もう一度と、満身の力を込めて押すと、ちょっと動いた。それに元気付けられて、また一押しと通路の隅をめがける。

だが、いけない!倒れる!渾身の力を込めて引き戻そうとしたが、重い荷物に引きずられて私自身が倒れそうになる。慌てて手を離すと、荷物全体が音を立てて倒れ散乱した。

元に戻すため、まずケースを起こそうとするが、重くてビクともしない。

それでも、無関心に側を通り過ぎていく人中で一生懸命頑張っていると、救いの神が現れた。

困っている老婆に一瞥もくれない民衆の中たった一人、中年の男性が、笑いながら手を貸してくれて、なんなく荷物を隅に運んでくれたのだ。トシを取ってくると、年寄りに対する見せかけの親切でなく、本当に困っている時に手を差し伸べてくれる人は生き神様に見える。何度も頭を下げる私に男性は笑いながら手を振って去って行く。

それにしても、私をこの人流大河の十字路に立たせて去ったトムは相変わらずのDumb American (ぼんくらアメリカ人)だ。

しかし、 広い大陸でノンビリ育ったアメリカ人には、到底忙しい日本社会が理解できないだろう。ということを一応彼の為に弁解しておく。

トムが帰ってきた。なんという出口か覚えていないが、あっちだと指差して、さあ行こう、という。ヨボヨボの親がどうやって全部の荷物を通路の隅に寄せたか、も聞かずに。

息子たちと会話しても、いつも軽い口論になるので、黙って親切な中年の男性の面影を胸にしまって従う。彼等に話しても、私が神棚に祀って毎日拝みたいほど有難い男性の

イメージを汚されるばかりだ。英語しか喋れないくせに、

彼らはいつも私の言葉尻を捕えて揶揄し、はぐらかして

しまう。アメリカ人の悪い癖だ。トムはジムほどでは無い

が、それでも深刻な話はしたくない。  続く