母と息子のセンチメンタルジャーニー

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東横イン 通天閣”と伝えたタクシーの運転手は、とある街角で私たちを降ろし、”これ以上タクシーは入れない“ と言って行ってしまう。歩行者天国(と言ったかな?)なのだろう。

降ろされた私たちの側を通りがかった、またもや中年の男性に東横インの所在地を聞く。

”知ってますよ。ちょど私もそっちの方に行くところだからご案内しますよ。“ 親切に言ってくれた男性の後に従う。

中年は足が速い。トコトコ先に歩いていく彼に歩調を合わせるのは、ヨボヨボの老女には辛い。彼が30メートルほど先で曲がろうとする時、振り返って私たちが追いつくのを待ってくれるが、曲がり角3つ目くらいの時、気の毒に思った私が、”どうぞお先に。私たちは聞きながら、なんとか行けますから“と、おいて行ってくれるよう、促したが、親切な男性は、ナニ、いいんですよ、と言って私たちを置いて去る気はなさそうだ。

曲がり角を6つぐらい曲がった後、ようやく東横イン通天閣にたどり着いた。

全国同じような造りの東横インに入り、荷物を降ろし、早速外に出て晩飯を食べることにする。

ホテルは丁度、繁華街の真ん中にあるようで、十字路に建つそれを出ると左右の道は、ずらりと食べ物屋だ。それでも通行人はまばらで、ざっと見渡した長い道路に3,4人しか見えぬ。通行人はそれだけだが、各店の前に2,3人、使用人らしい人達が立って客寄せしているようだ。

あの忙しい通天閣周囲で、普段でもこうして客寄せするのか、といぶかりながら、一応見て歩こうと、歩を進める。

どの店も客寄せで大変だ。一先ず道角まで行ってからUターンして帰って来る。そして又東横インの側まで来ると、丁度反対側の寿司屋のガラス戸の向こうで、職人が笑顔で、おいでおいでしているのが見えた。笑顔の良い、なかなかハンサム(今はイケメンといったか)な男だ。

つい、つられて中へ入る。案外広い店の中だが客は2,3人だ。誰もマスクなどしていない。羽田からここへ来るときも、マスクをしている人は見かけなかった。

トムと二人でカウンターの席に着く。職人は3人いるが、よく見ると、彼の横ですしを握るのは、白髪の6,70代の男で、そのまた横に居るのは20代位の痩せた男だ。

なかなか商売上手なのは、やはり大阪人だ。ハンサムは

看板娘じゃなくて、看板息子か。

ビールを頼んだ私にハンサムが話しかける。どこからおい出で? アメリカから来た、アメリカは、カリフォルニアだ、白髪のモサ男は夫でなくて息子だ、等、等。

ビールが来た頃には私たちは、大分親しくなっていた。     

アメリカに行って、店を開けば? 一杯のビールで大分口が軽くなった私がハンサムにけしかける。今アメリカでは日本食ばやりだから、あんたみたいなのが店を開けばきっと大当たりだよと、無責任に言った私は、

アメリカでも東西の海岸地はダメだよ。なにしろもう寿司屋がワンさとあるから。行くなら奥地だ。たとえば、モンタナとかミズーリ―みたいな所。

あんたのように愛想が良い人はきっとアメリカ人、特に女にもてると、無責任にけしかける。

すしは思った通り、美味い。流石は大阪だ。二人はメニューに書いてある品を次から次へとオーダーする。タネが大きくシャリが少ないのも気に入った。出されるすしを殆ど一口で食べてしまい、次をオーダーする私たちをハンサムは笑顔で見ながら、冗談のように聞く。

”予算は大丈夫ですか?“

バカにするんじゃない。これでもサムライの末裔、食い逃げなどするもんか。

大丈夫よ。と答えて、さらにオーダーを続ける。なにしろ

6尺豊かの大食らいを供に連れているバーさんだ。

不安に思うのも無理は無い。

ようやくトムが “I am finished” と言ったので、”お愛想、お願い“と勘定を頼む。合計二万ナン千円だ。勘定書きを持ってきた若いもんにそれを払った後、2千円取り出して、ハンサムに押し付ける。

日本のやり方知らないけど、これ、あんたにあげたいから取っておいて、と言うと、彼は困ったような顔をして白髪男の方を見る。白髪男が頷くのを見てとり、受取った彼はそれを会計係の若いのに渡す。

 

       通天閣2日目。良いお天気だ。ホテルの朝食に下に降りる。

外国人にも人気のあるこのホテルは、いつも朝食時には行列して待たなくてはならぬ。それを予定して、早めに部屋を出たが、食堂に着いて驚いた。

席は半分以上空いている。殆どがビジネスマンらしく女性の客は一人、二人だ。

お蔭でゆっくり食事を済まして、部屋に帰る。チェックアウトの時間までまだ大分あるが、私一人で出歩くことはできないので、そこら見物して歩くということもできない。

「付添い」は相変わらず携帯を両手の指でウンテンしている。人が携帯を一心に見つめる姿ほど私を苛立たせるものはない。その間、何を聞いてもウワの空の彼等は、1分も2分もたった後、“えっ?” と聞き返す。  続く