Mrs Reikoの長編小説      戦争花嫁           

                               青春   4

 ある朝、耀子がハウスに行くと、家の中が蜂の巣をつついたように騒々しく、レコードのジャズ音楽がガンガン鳴っているリビングルームには、それぞれグラスを手にした30人あまりのアメリカ人が立ちながら笑いさざめいていた。

 ポカンとしている耀子に、ドリンクを満たすためキチンに入って来たキャプテン ヘットリンガーが、ニコニコして言った、”オクサン ベビー”。

そういえば、喧騒の合間に、二階から時々鋭い悲鳴が聞こえていた。

 その頃米国人妊婦は、出産予定日1週間ほど前、S市の米軍病院に行って子供を生むことになっていたが、どうした手違いか、ミセス ヘットリンガーは家で産気付いたようであった。

その日一日中、耀子は悲鳴と音楽の中、ドリンクや軽食を運ぶことに追われた。

将校クラブから運ばれた冷たいビールはすぐ品切れとなり、冷えたビールを探すショルツ大尉に、気を利かせたつもりで“はい、アイス”と、差し出して、”ノー!“と拒まれた、

幼い弟妹は居たが、母の出産を見た事もない耀子は、この世の終わりとも思える叫び声と、音楽やさんざめく人たちの取り合わせがなんとも奇妙で、働きながら気もそぞろであった。

男の赤ん坊が午後4時頃、無事生まれた。

マイクは、順調に育っていった。暫くワイフがマイクの世話をし、他は耀子一人で間に合っていたが、二ヶ月ほどして産後の肥立ちもよく、元気になったワイフは、夜のパーテイなどに出たくなったのであろう、メイドをもう一人家に入れることになった。

美津子という20歳前後の女性がレバー オフィスから送られて来た。

その日から仕事が分担され、耀子の仕事は軽くなったが、その代り、夜、夫婦が帰宅するまでベビーシットしなければならなかった。夫妻はほとんど毎晩のように外出した。

二人は交代でベビーシットをした。マイクは別にむずかりもせず、ほとんどいつも眠っていた。

クリスマスが近くなり、ヘットリンガー家でも豪華なクリスマスツリーが飾られた。

マイクをみている間、暇があると、そこらに置かれたLook やLife等の雑誌をめくることが、耀子の楽しみになった。

その頃の日本の雑誌の茶色のワラ半紙のようなページと違い、それら雑誌の真っ白な光沢あるページには、美しい色刷りで種々の広告が満載されていた。

その中でも、Four Rosesという酒の広告の、ページ一杯の深紅のバラの花束は、特に美しいものに思え、赤や緑に点滅するツリーの下でそれを見ながら、自分の住む世界との違いに、耀子はため息をつくのであった。 

クリスマスにはツリーの下に贈り物を置く、ということを知った耀子は、町で買った花形の小鉢と皿をワイフにプレゼントすることにした。

小鉢と皿をこぎれいな紙で包み、彼女は心楽しくツリーの下に置いた。

クリスマスの朝、ワイフはいつになくニコニコして、着古したグレイの服を差し出し、“サンキュウ ヨーコ、”と言った。

“お返し”を期待していなかった耀子は、ドギマギしながら受け取ったが、服はいかにも地味で、若い耀子が着られるものではなかった。