Mrs Reikoの長編小説      戦争花嫁           

                                     青春   7

 

夏になった。東北の夏は短く、肌寒い日が続いたりして、滅多に泳ぐほど暑くならなかったが、水泳の好きな耀子は、毎日のように寮から坂を下りて15分ほどの、漁師の家が点在する海岸に歩いて行った。

水着などまだ売られてなかったので、彼女は米軍家族に出入りするドレスメーカーに頼んで作ってもらった、米軍シーツを利用したツーピースの水着で泳いだ。

白地に赤い格子で縁取りした水着は、けっこう耀子の気に入っていた。

海岸は波が荒く、あまり安全ではなかったが、一箇所だけ割合遠浅な場所が、一応米軍専用と決めらていて、ビーチハウスなどが建っていた。

兵隊にジロジロ見られるのが嫌で、耀子はなるべくそこから遠い、閑散な所に行って沖まで泳ぎ出た。

それでもワザワザ彼女の近くまで歩いて来て、話しかける兵隊が絶えなかった。

ある日、耀子はそこでオハラに会った。

黄色のハデなスイミング トランクを穿いた彼は、嬉しそうな顔をして、自分の毛布に坐れ、と勧めた。

砂がついても構わないから、と優しく言うオハラを好もしく思って座った耀子は、オハラととりとめもないお喋りに時の過ぎるのを忘れた。

未だ覚束ない英語を操る耀子の言葉を、辛抱強く、どうにかして解ろうとするオハラの態度が好ましさを増した。  

風が冷たくなり、勤めの時間の迫っていることに気づいた二人は慌てて立ち上がった。また明日も来るか、と聞くオハラに耀子は笑顔で、“イエス”と、答えた。

その頃、若い彼女につきまとう男たちは多くいた。

男子寮にいる日本人のボーイやコック、送り迎えのジープの運転手、ジムで毎週行われたダンスパーテイで会った兵隊等々。

ビーチで知り合ったトーマスは、ある日、暗い中で座って映画を見ていた耀子に恋文を押し付けると、熱いキスをして急いで出て行った。

口いっぱいのキスは、耀子がそれまで経験したこともない強烈に甘美なものであったが、ビーチで2,3度会っただけのトーマスには特別の感情も起こらず、一週間ほどして映画館に来た彼に、人に訳してもらった求愛を断る手紙を渡した。

性の事など口にすべきでは無い、と思うような母親に都会で育てられた耀子は、性についてはまだ朧げな知識しか持たなかったが、キリッとした軍服に身を包み、背が高く快活な米兵たちの注視が嬉しく、毎日ウキウキしていた。

彼らが持ち込んだ“デモクラシー”は、彼女にとって最高なものに思えた。

その頃、日本人社会でも、アプレゲールと呼ばれる若者たちが、なにかといえば、“自由だべー”、“民主主義だべー”と、大人たちに反抗していたが、反抗はせぬまでも、誰にも制限されず、自由に振舞えることに、耀子は大満足であった。