Mrs Reikoの長編小説  戦争花嫁              

             アメリカ上陸 1 

  横浜で乗り込んだ、ペンキの匂いが強い灰色の軍用船で、瑤子とエミイは日本女性と小さな女の子の相部屋に入れられた。

三才ほどの愛らしい女の子は黒人との混血で、母親は上品な京言葉を話す三十才近い、たおやかな美人であった。

「この子ったら、アウント ジェマイマの箱を見る度に泣き出すのよ」と彼女はおっとりと、笑った。

“アウント ジェマィマのホットケーキの素”という、白布で頭を包んだ黒人の女の絵が大きく描かれたその箱は、その頃の人気商品で、カムセリでもよく売れていた。

アンディは他の兵隊たちと船の下部の大部屋に入れられた。

三度の食事には上に来て瑤子たちと一緒のテーブルで坐り、他の時間もサロンやデッキで一緒にいることができた。

埠頭で見送ってくれる家族もいない瑤子は、出港のドラの音を聞いてもデッキに出ることもなく、エミィと船室に残っていた。

大分歩みがしっかりしてきた彼女を終日追い廻すだけで一仕事であった。

やがて外海に出たらしく船は酷く揺れ始め、瑤子は、つわりのような気分の悪さに悩まされたが、アンディは普段のように元気だった。

デッキの椅子に二人が坐っていた時、エミイがヨチヨチ離れて行ったので、相変わらず酷い気分の彼女が何気なしに、「連れてきてちょうだい」と言った。

すると、「自分がムービ スターだとでも思っているのか?」と、思いもかけぬ彼の言葉が返って来た。

日本海域を出た途端、優しかった彼の豹変ぶりに驚いた彼女は、やはり彼も傲慢なアメリカ人であったか, と胸をつかれ、怒りと悲しみで口も利けなかった。

思い直したのか、アンディは黙ってエミイを連れて来たが、冷えた瑤子の胸中は長い間元に戻らなかった。

船は日本女性で満ちていた。いつもゴムの雨靴を穿き、足を引きずって歩く子連れ

の女は、なぜか瑤子の印象に残りその後も時々思い出す事が有った。

多くのフイリッピン人がボーイとして乗り組んでいた船中で、瑤子が通路を歩いている時、二、三人かたまって談笑していたうちの一人が、ポンと瑤子の尻を叩いた。

瑤子はその男を睨みつけ、大声で笑う彼らの間を無言で通り抜けた。

航海中に嵐にも合い、大きく揺れる船中には縄が張り巡らされ、食堂に来る女たちの数がめっきり少なくなった。