Mrs Reikoの長編小説      戦争花嫁           

                                          青春  11

東京に着いた彼女は、最近未亡人になったばかりの、立川郊外の伯母の家に下宿させてもらい、毎日、青梅線、中央線、山手線と乗り換えて、品川まで通った。

学校では、軍のトラックと比べものにならない、古ぼけた大きなトラックで練習させられた。

当時は本職の運転手を志す男たちでクラスは占められており、三十人ほどのクラス中、女は瑤子と二十才位の人と二人だけであった。

男たちの中には、アクセルとクラッチの同時作業が目立って鈍いのが二、三人いた。

そこでも瑤子は、運転は褒められたが自動車の原理、構造、そして簡単な修理の勉強に難儀した。

本当にこれで免許が貰えるのかしら、と時々不安に思った。

東京に来て一月ほどたった頃、朝、胸がムカムカして何も食べられず、眩暈がして立っていられないことが、二、三日続いた。

外で講師が車の構造を説明中、眩暈がした彼女は、つい側の木の株に腰を下ろして「先生が立っているのに坐ったりして」と男生徒に非難された。

その日の帰途、瑤子は立川の駅近くの小さな産婦人科医院の門をくぐった。

看護婦も患者もおらぬ院内の診察室で、小さな布切れ一枚隔ててオズオズ診察を受けた彼女に中年の医者は、「妊娠だ」と告げ、笑いながら、「いい身体してるネ」と言った。

翌日、親が帰って来いと言うので学校を止める、と教師たちに言うと、「それは残念だ、あんたは運転がうまいので、来週試験を受けさせようと思っていたんだ」と言われた。

試験は一ヶ月も後のことと思っていた瑤子は、アッと思ったが、それでは続けます、とも言えず、黙っていた。

教師の一人が、「お嫁さんに行くのかナ」と言ったので彼女はただ微笑んだ。

突然舞い戻って来た瑤子をアンディは嬉しそうに迎えた。

妊娠を告げると、彼は表情を変えず、「そう、」と頷いて、「生むんだろ?」と聞いた。

避妊はたまに思い出したようにしていた二人であったが、瑤子は自分が妊娠するなど、思いもよらなかったのだ。

しかし、堕胎はそれ以上に考えられぬことであった。顔も見えぬ胎児であれ、アンディの子を殺すなど、とてもできなかった。

たとえ彼に捨てられても一人で育てていこう、と瑤子はとっくに決心していた。

身ごもっている身体で勤めに出ることもできず、瑤子は母たちと同居した。