Mrs Reikoの長編小説      サンタ アナの風

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 ミス コーリンスは一応皆にケ ラスティマーを言わせた後「ムイ ビエン(大変結構)」を繰り返し「今夜はここまで」と言って優しい笑顔でクラスを終えた。

 真紀はいつものことながら自分の倍程の年の生徒も居るクラスを子供のように扱って授業をやすやすと行う若い教師に感心しながらペンやノートをバッグにしまった。

 赤や黄のタイルで出来たメキシコ風の丸いテーブルやベンチが数多く作りつけられてある中庭を通り抜けて駐車場に行く。

途中のゆるやかなステップを降りながら,ふと手をかけた鉄の手すりはべったりと濡れていた。

海辺特有の霧が今夜も深くたちこめ、乾燥期のため、もう四ヶ月も雨が降らず乾ききっている大地をかすかに濡らしていく。

 この地の天候を極度に賞賛する真紀やビルに、土地の人は、そのうち解りますよ、と言った顔をして「えーえー暑くなく、寒くなく大体にして良いお天気が多いんですけれど、同じようなお天気に飽き飽きする事があるんですよ。毎年十一月に始まる雨季と五月からの乾期、それに名物のサンタ アナの風を除いてはね」と説明する。

 焼けそうに暑い時でも常時海から吹く風がこの辺りだけを程好い気温に保たせているが、毎年九月の半ば頃、北東の砂漠の方から吹く季節風が非常に暑い日をもたらし、それが二週間ほど続く。土地の人達はそれをサンタ アナ ウインドと言う。

高台に建てられたハイスクールは展望がきき昼はチュラ ヴィスタ市やサン ディゴ市を中央に、そしてそれらを縁取るように東部の山岳地帯と西の青い太平洋まで一枚の絵のように見渡される。

夜はそれらの街の灯が、時には今夜の夜のように霧にぼかされながらもキラキラと眼下一面に広がる。

 先に自分のクラスを終え車の中で真紀を待っていた夫のビルは真紀を見るなり、ダットサンのエンジンをかけ、片手でドアを真紀のために開けてくれた。

「クラスはどうだった?」

「名指しされて、しどろもどろのスペイン語で答えねばならない時は心臓どきどきでこの年では耐えられないかもしれないわ」

と笑いながらセーフティベルトをかけた。

 同じハイスクールで不動産売買法を勉強している陸軍退役下士官のビルは、「僕のクラスは随分色々なことを教えてくれたよ。家の売買には全くからくりが多いので驚いてしまう。僕達は今までにも大分損をしてきたようだ」

「損をするように私たちは生まれてきたのだから仕方が無いのよ」と慰めるように言った。

これまでにも好人物のビルのする事に幾度となく腹を立て、つけつけ言ったことのある真紀は自分の思いがけない優しい言葉に自分で戸惑った。