Mrs Reikoの長編小説

     サンタ アナの風

「ケ ラスティマー オハラ ケ セ メホレ プロント!」(それはそれは早くお治りになりますように)」

 一気に言い終えて真紀は、ふっとため息をつく。

陽気なアメリカ人ばかりのクラスから「イエー」と歓声があがり、美人のスペイン語教師ミス コーリンスも「ベリ グッド」と笑顔になる。

 人より舌が短いのではないかと思える程、真紀にはRが二つ続くル、ル、ルと巻舌で発音する単語が苦手でスペイン語の勉強は止めようかと絶望的になることがあるが、他の単語は日本語に似た発音のため簡単に口から出る。

「この言いまわしはスペイン語を話す人は一生のうち数えきれぬ程言わねばならない時があるので、あなた達には全く難しい言いまわしではあるが、今のうちに覚えてしまうように」とミス コーリンスはクラスの全員に一人ひとり名指しで繰り返させ、真紀が案外スラスラと言い終えたのに意外な思いのクラスの反応であった。

クラスメートは自分の子供と同じくらいの齢で一番の年長者の真紀が注目の的になってしまった。

「どうしてスペイン語なんか勉強するの?」

引っ越してきて間もなく知り合った少数の友人たちが不思議そうに聞く度に「物好きだから」とか、「ティフアナに行って誤魔化されないように」と笑って受け流している真紀である。

 夫のビルと、このメキシコとの国境の町イムペリアルビーチに移ることに決めてからスペイン語を独習し始め、移ってきて直ぐ、このハイスクールのスパニッシュ クラスに週二回通い始めた。

 夫の故郷ヴァージニアの田舎で、ひどいアレルギー症に悩まされていた真紀は温暖な海の空気で、もしかしたらアレルギーが改善されるのではないかと期待して七年間過ごしたヴァージニアを後に、この海風の涼しいアメリカ西南端の町に越してきて早や二月たった。

 メキシコまで車で十五分というこの町では求人広告にも「スペイン語と英語の出来る人」と言う条件付きが多い。

「あなた達はここに長く居たのに、どうして習わなかったの?」と聞く真紀に

「英語も上手でもないのにスペイン語まで・それにメキシコ人ていうのも嫌いだからメキシコにも行きたくないし、スペイン語なんか必用ないわ」という日本人妻達の言葉がいつも絵美の心を暗くさせる。

アメリカ人の夫と共にアメリカに渡ってから、長い間民族的差別を受けてきたのは真紀も彼女たちも同じであった。

そんな彼女達がメキシコ人や黒人に見下げた態度をとり人種差別しているのは、まるで傷ついた自分達の誇りを癒そうとする心の狭さに思え、真紀は反論する気力もなくただ悲しい。