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メキシコ料理店や中古自動車売場、ポルノ店など雑多な店が広い道の両側に隙間無く並ぶパルム アヴェニューを十分ほど西に行き右に曲がって六軒目が最近真紀たちが買った家である。
外観は小さく見えるが、大学に通う二十一歳の息子ケネスと親子三人で暮らすには広すぎるほどである。
メキシコ風の建物の多いこの付近には珍しい英国風な、どっしりした感じの古い家を真紀は気に入っていた。
これは自分達の住む最後の家になるかもしれないと思うと余計愛着を感じるのであった。
入って直ぐのリビングルームでは、学校の本やノートを広げてリクライナーに座ったケネスが今、話題を賑わしているテレビシリーズ「将軍」を見ていた。
画面には袴をはいたリチャード チャンバレー扮するアンジンさんが江戸城で美しいマリ子と庭園をそぞろ歩きする姿が写っており、真紀は懐かしい日本の風物に思わず眼を奪われた。
そのまま座り込んで画面に見入っていた真紀にコマーシャルの時間にアイスクリームをフリーザーから出してきて又座りながら食べようとしたケネスが思い出したように
「さっきミセス ガーナーから電話があったよ」と告げた。
「何か用があるようだった?」
と真紀は始まったシリーズに眼をやりながら気の乗らぬ調子で聞いた。
「さあ、どうだか。ママ居るかと聞くので、学校です。と答えたら、そうだったわね、と言って切ってしまったよ」
「後で電話してみるわ」と言いながら真紀はテレビを見続けた。
日本名を佳恵というミセス ガーナーは真紀達が今の家を買う前にひと月程借りた家の隣人であった。
年は真紀より十歳ほど若く、海軍下士官の夫マイケルと十九歳から十三歳までの三人の子供と暮らしている。
いつも中からロックミュージックが聞こえ車やオートバイなど所狭しと周囲に止めている彼女の家は典型的なアメリカンホームであった。
子供を四人育て上げ悠々自適に暮らしている真紀を佳恵はすっかり信頼して事あるごとに相談を持ちかけた。
又子供のことでマイケルと喧嘩でもしたのだろうと真紀はたいして気にもせず、息もつかせぬ迫力ある将軍のシーンを眼で追い続けた。
キッチンの電話が鳴った。
佳恵を予想して「私が出る」と言って真紀は未練げに立ち上がった。
「真紀さん?」案の定佳恵のやわらかな声が伝わってきた。
「どうしたの?」笑いながら聞き側の椅子を引き寄せた。
「又夫婦喧嘩?]
「そうじゃないの、実はさっきから妙な電話がかかってきて、気味が悪くてしょうがないの」「妙な電話って?」
「それが 最初にかかってきた時は、お前がジョージのマザーのハポネサかとメキシコ人らしい男が聞くのよ、ハポネサって何なの?私知らないから、私がジョージのマザーだけれど、何かご用って聞いたの、そしたらスペイン語で一気にしゃべりたてるので、何を言ってるか解らないと言うと今度は英語でジョージは居るかと聞くので、今は居ないと答えたらガチャンと切ってしまったのよ」
「ハポネサと言うのは日本人の女と言うことよ、相手は誰だか解らないの?」
「全然・・・ジョージの友達っていうのは大勢居るし、それにアナポリス(メリーランド州の海軍兵学校)から帰ってきてもオートバイを買ってからは彼のする事も友達にどんなのが居るかも私たちには解らないのよ。何しろ夜出て歩いて昼間は一日中寝ているし、話しかけても不機嫌に答えるばかりだから」
「電話は何回もかかってくるの?」
「そうもう三回もそれがかけてきても何も言わずに切ってしまったり、ハポネサとか、ジャップとか言って笑ってから切ったりするの、主人は夜勤で居ないし、ミリーはデートだし、私とジエニーだけなので心細くて・・・」
佳恵は泣き出しそうな声で言う。
「マイケルは何時頃帰ってくるの?」
「十一時半頃にはいつも帰ってくるんだけれど」
「ではね、私今そちらに行きますから」
ちらっと腕時計を見て十時であることを認めながら真紀は言った。「マイケルが帰ってくるまで一緒に居てあげるわ」
「そうして下さる?本当に恩にきるわ、ジエニーは怯えてしまって宿題にも手がつけられず窓から外ばかり見ているのよ。彼女何か知っているんじゃないかと思うんだけれど、何を聞いても知らないというばかりなの」
いたずら電話が頻繁にある街の生活に慣れてきた真紀ではあるが、いたずらだけではないような不穏な気配を感じて行ってやらねば、と思った。