Mrs Reikoの長編小説    サンタ アナの風

17

テイファナの町の手前で右に曲がり町沿いに丘を上ると二十分程で海辺の断崖の上に建てられた円形の闘牛場が見える。

「あの横を少し行った所に瓦工場があるからそこに入れ」

とホセは指図する。

街灯もなく、暗い道は海の音ばかり耳につく寂しい所だ。

長い平屋の瓦工場は丘の下から上まで斜面を這い上るように建っている。

物置のような小屋がその前に二つ三つ建っている。

車を降りて懐中電灯を持ったホセが右端の小屋の錠を外してギーと開けた。

中に導き入れられた真紀と佳恵はそこにうずくまっているジョージを見つけた。

「ジョージ」と叫んで佳恵が側に走り寄り、屈みこむと驚いた眼を佳恵に向け、そして真紀に眼を向け、ちょっと頷いて又眼を床に落とした。

「金!」とホセが差し出す手に佳恵は立っていって投げつけるように紙包みを渡し

又ジョージの側に行って屈みこんだ。

「怪我をしているの、どうしたの?」と後ろに手を廻してかき抱こうとするのを

「大丈夫だ、ママ心配しないで」と、逃れるように身をかわして壁の方を向き膝を抱えた

ホセは三人をぐるりと見渡し「ここで待っていろ」と小屋の外から鍵をかけ、事務所のような、窓から明かりがぽつんと一つ見える建物の方に立ち去った。

電灯は無くても板壁の隙間から入ってくる月光で小屋の中はぼんやりと薄明るい

「お腹すいてない」と真紀はバックの中からハンバーガーを二つ取り出して差し出すと、「サンクス」と言って受け取り貪り食べ始めた。

あっと言う間に一個食べ終え二つ目の包み紙を開けながら「毎日トルティーヤと水ばかりだったから・・・ハンバーグって何て美味いんだろう」

としげしげハンバーグを見つめるしぐさに真紀たちは自分達の置かれてる立場も一瞬忘れて口元をほころばした。

「お金出したのに、何故私たちを監禁しておくのかしら」とつぶやく佳恵に

「そんなに簡単に帰すと思ってたの?」

「だって金とりが目的ならお金は取ったんだし、ここはメキシコ国内なんだからアメリカ官憲に捕まる恐れもないでしょう?」

「彼らは金づるは簡単には開放しないでしょう」

「彼らってのはホセとマヌエルのこと?」

「違うよ、彼らはほんとの下っ端さ、ほんとのボスは、ローソン レーバーカンパニー(労働者輸入会社)勿論こんな名前は僕が勝手につけたのだけれど」

「あんたはその一味のメンバーなの?」

以外に落ち着いた声で佳恵は聞いた。

「歴としたメンバーではなくて、まあ小使いみたいなもので僕は運搬係りさ、レーバー(労働者)を匿す巧妙な仕掛けをしたヴァンを運転して彼らを運んだり山の方でコヨテ(高額な料金でメキシコ人達を案内して不法越境させる男達)に導かれて国境の鉄柵を潜って入ってくる彼らを迎えに行ってヴァンに乗せ、ある倉庫に連れていくのが僕に与えられた仕事さ」

「どういう理由であなたはこんな所に捕われているの?」

「僕がローソン一味を裏切ったからです」

「どう言う事?」

「ミセス カミングスが僕をテイファナに連れて来て下さった夜、僕はローソン一味に追われていたのです。午後五時頃山の方からエーリアンスを倉庫に連れて行き、いつもの通り倉庫に居るフランクと言う男に引き渡した後の事でした。

パルム アヴェニューの近くの五号線で、小型トラックに乗ったローソンの手下三人がオートバイに乗った僕の後をつけているのに、気付き逃げ道を探していた時オートバイが道から外れ崖の下に一回転して落ちてしまいました。僕は投げ出されて一時はぼーっとしたものの幸い怪我はなかったので、直ぐ起き上がり暗闇にまぎれて何とか街に帰って来ることが出来ました。

用心しながら家の側まで来て見ると、案の定彼らは何回も家の前を行ったり来たりしていました。そのうち、僕は隙を見て悪いとは思いましたが、ミセス カミングスの車に入ったのです」

「その時、何故家に帰って来なかったの?あの時家にさへ、帰ってればこんな事にはならなかったでしょうに」佳恵は詰るような眼でジョージを見つめた。