Mrs Reikoの長編小説    サンタ アナの風

18

それには答えずジョージは淡々と話しを続けた。

「あの夜から三週間ほど前、僕はいつまでもこんな闇の世界で生きてはいけないと思い、僕をこの世界に入れたある男の所に行き、辞めたいんだ、と話しました。ところが、当然なことながら、この世界に一度足を踏み入れた者は簡単には辞められない、と言われ、もし辞めたらお前は勿論家族にも被害が及ぶだろうと言われました」

そこで一息ついたジョージは自分自身に言い聞かせるように「ほんとに強い意志があったらきっぱりと辞める事も出来ただろうと今では思います。でも、その時は勇気がなかったのです。

その後も言われるままにエーリアンスを倉庫に連れて行ってました。

そのうち、エーリアンスを連れて来るフリオと言うコヨテと親しくなりたまに話しをするようになりました。

フリオはローソン一味には属さないコヨテでいつも単独で行動してました。

まだ学生っぽさの抜けない僕にローソン一味とは違った何かを感じたらしく話す機会も多くなり、僕も何かの時につい、本当はこんな仕事辞めたいんだ」と本音を漏らすようになっていました

それを聞いたフリオは「この世界から足を洗うのは難しいからなー」と遠くを見つめて思い迷っているようでしたが、何か思いつめたような態度で、「いつか必ず力になるから、それまで俺と手を組まないか」と思いがけない事を言い出しました。

「手を組むって?」と聞くと、フリオが言うには入国したエーリアンスを何処に匿ったか、いつ又迎えに行くかなどの情報をフリオに知らせて欲しい」と言うことでした。

連絡先はティファナのドクトル マーテイネズのオフイスと決めました。

ドクトルは越境を計るメキシコ人をコヨテに紹介しては、鞘を稼いでいました。

 彼のオフイスは夜中になると、人の出入りが繁く、みなアメリカ入国の相談に来るのですが、三百ドルという高額な手数料を払える人はごく僅かです。

その後僕は何度かドクトルのオフイスでフリオと会いエーリアンスを何処に連れて行って匿ったとか、いつ又エーリアンスを連れに行くことになってるとかをフリオに伝えていました。

あの夜、僕をつけている奴等がローソンの手下と解った時、何で僕を追っているのか、理解できませんでした。でも、家の周りをうろうろしているので、家に帰ると家族に迷惑がかかると思いとにかくフリオに会ってみようとドクトルの所まで送って貰いました。ところが、フリオには会えず、何度か会ったことのあるホセとマニエルに隣りのホテルに連れ込まれました。

翌日ドクトル マーティネズの所にはポリスが来たりして何か騒動が有った事が感じられましたが、その晩僕はここに連れてこられて閉じ込められたのです。マニエルが見張りについて居る時、僕は何故ローソン一味に狙われて居るのか問い質しました。

彼が言うにはコヨテに成り済ましていたフリオは移民局に籍を置く役人で密入国者達の情報を探っていたそうです。

僕がローソン一味に追われた日にはすでにローソンたちの逮捕に向かってポリス達は動いていたようです。

フリオの正体を事前に察知したローソンはフリオといつも一緒に居た僕を怪しみ手下に捕まえるよう命令した、と言う訳です。

ところが、僕がドクトルの隣りのホテルに監禁されている頃、マヌエルとホセのボスのローソンは逮捕されてしまったのです。

「それであの時移民局の人達が来た訳なのね」

「ジェニーは何も言わなかった?彼女には大体の事は話していたので、いつも心配して早く足を洗えと忠告してくれていたけれど、一度入ったらなかなか出られないのが、あの世界だから」

話し終えたジョージは胸に溜まっていたものを全てはきだし胸のつかえがおりたのか、顔が少し和んでいた。

ところで、これからは僕の推察なのですが、ホセとマニエルは僕を殺しても自分たちには何の利益にもならない事に気が付き、そこで僕を人質にして金儲けを企んだのです。その結果がママやミセス カミングスまで巻き込んでしまって・・・本当に申し訳ないと思っています」ジョージは初めて佳恵と真紀の眼をじっと見つめた。

 ホセとマニエルが出て行ってから二時間も経ったと思われるのに、工場の方からは音も聞こえない。

 狭い小屋の中をぐるぐる廻ってあちこち板を押してみたり足で蹴ったりしていた真紀はふと、ある一箇所が蹴られた時、少し動いたような気がし;眼を寄せて月の薄明かりで良く見ると高さ七十センチ幅五十センチ程の穴を壁の向こう側から板で塞いで釘付けされてある事が解った。

「ジョージちょっとここへ来て、この板何とかどけられないかしら」

と真紀が呼んだ。

「打ち破れるかもしれませんよ」と、ジョージは腰を床に下ろして両足でどんどんとその板を蹴った。

「あんまり音をたてると、あの男達が聞きつけてやって来るかもしれないわ」と心配そうに言う佳恵の言葉を無視してジョージは尚も蹴り続けた。やがてびりっと音がして一箇所の釘が抜けた。それに勇気づけられて続けて蹴ると一メートル四方の板が外側に倒れた。

その穴から夢中で這い出た三人は、かっては豚でも飼っていたらしい二十メートル四方を、板の柵で囲まれたデコボコした乾いた土の上に転がり落ちた。

立って事務所の方を見ると電灯は点いているが人影は見えない。

佳恵がマブリックの方に走ろうとするのを押さえて真紀は左の海の音のする方に佳恵の手をつかんで「あっち」とジョージに合図して走り出した。