⒔
見覚えのある婆さんだ。
思い出した。私が水彩画を習いにシニア・センターに通っていた時、始終来ていた女だ。
水彩画の教室なのに、いつも本を持ってきていて絵は描かない。
教室の仲間内で、彼女が来ているときは、何かしら物が無くなると言う噂が立った。
私も手本にしていた絵が、一枚無くなったが、証拠が無いので何も言えなかった。
婆さんと言っても私より齢は若いかもしれない。
背が高く長いゴマシオの髪の毛をいつもポニーテールにしている。
嫌な奴が居ると思ったら気が重くなった。
それから又2,3日してコンピューターをしていたら、又、婆さんが来て「いつまでやってるの?」と聞く。
頭にきたので黙って席を立つ。
何をするんだろう、と新聞を読みながら眼をやると、車椅子の男とゲームをやっている。
そういう経験があったので、丁度その女も来ているミィーテングの場を利用して、言いたいだけの事は言ってやろうと立ち上がった。
「私は今はまだ電話もインターネットも無いので図書室のコンピューターだけが息子達との通信器具だ。壁には“30分がリミット”と書いてあるが、そこに大きな時計でもあれば重宝だと思う」と言った。
ケーリーがにこやかに言った、
「それもそうね、丁度私の部屋に大きな時計があるから、それをあそこにかけましょう」
時計は実現しなかった。
みんなにこやかだ、その裏があると悟るにはそんなに長い事かからなかった。
ある日、トムが私達のテーブルの席に座った。
側でナンシィが「こちらはトムよ、ここに座りたいって言うけど、いいでしょう?」と聞く。
私が異議を唱える権利は無い。
「勿論、私は構いません」
いつもの席に着くが釈然としない。
実はトムはずっと私達の隣りのテーブルにいつも一人で座っていて、今まで誰にもニコリともしたことが無い。