18
翌日トーマスは由美子を両親の家に見て驚いた。
彼は‘A&Pスーパーに残り物の野菜を貰い受けに行く途中、夕食を食べるため、一時立ち止まっただけで、晩餐のことをすっかり忘れていた。
「全く、この山男ときたら、、、」彼の汚いシャツとズボンを見てキクは顔をしかめ、由美子に謝った。
「俺はただ夕飯を食べるために寄っただけサ。すぐ出て行くから」
トーマスはぶつぶつ言いながら由美子の前に座った。
しかし、黒いラメ入りのドレスの大きく刳った胸元に、動く度、真紅のガーネットのペンダントの金鎖が輝く彼女を見て、トーマスは改めて息を呑んだ。
「ヴェニスン(鹿肉)が口に合えばいいけど」
左手の不自由な由美子には一口大に切ったローストの皿を前に置きながらキクが気がかりそうに聞いた。
「鹿?」
彼女は言って、肉を見つめた。そして一瞬のためらいの後、口に入れ、ゆっくり噛み始めた。
「嫌だった食べなくてもいいのよ。もし食べられなかったら、ケンタッキーフライドチキンもあるし」
「ううん、美味しいわ、とても柔らかいのね。きっと料理の仕方が良いからよあなたは料理が上手ね」
「若いバック(雄鹿)だから柔らかいんだよ。」 ヘンリイがリクライナーからいとしそうに微笑んだ。
「あっ、そうか!Run over(轢かれた)されたあの鹿か! 小鹿みたいに若かったから柔らかい筈サ」
「トーマス」キクが叫んだ。ヘンリイは彼をにらみつけた。
「Run over?」由美子にとって、その慣用語は新しいもののようであった。
「うちにはルイジアナからハンターがグループで狩に来るのよ」
キクが弁解した。
「農場は殆ど鹿に占領されそうなので、ハンターたちは役にたってるんだ。
私はラクーン・ハンターで、鹿は捕らないが。あんたは狩をするかい?」
答えをあらかじめ知りながら、ヘンリイが訊ねた。
「狩猟のことは全然知りません。でも面白そうね。鹿も犬を使って捕るんですか?」
「俺、行かなくちゃ!」 トーマスが立ち上がった。
「お会いできて、よかった」由美子が微笑んだ。
「ああ、、、」 トーマスはすでに戸口に立っていた。
窓から入る夜気を頬に、トーマスはトラックの中で安堵の溜め息をついた。
パーテイもデイナーも社交もごめんだ。