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猟犬のハンクが主人のトラックを聞きつけて吠え始めた。
偉大なブルーテイック・ ハウンドは、いつも一番先にヘンリィのトラックを聞き分ける。
低く響き渡るその鳴き声は、春時の穏やかな空気を震わせた。
「もしよかったら見て歩いたら? 俺は行かなきゃならんが」
トーマスは、デーヴィドとサイモンのいるペンの方に足をひきずり出した。
「キクからアクシデントのこと、聞いたわ。早く直ればいいわね」
足を引きずりながら歩きだしたトーマスに向かって、「あら、ゲートの側に止めた車が、入って来る人の邪魔にならなきゃ良いけど」
「俺の父親だ。ちゃんとよけて入ってくるさ」
由美子がゲートに向かって歩いて行く姿を見守っていた彼は、ヘンリイが車を止めて窓を開けるのを見た。
彼が上機嫌なのが、遠くからでも解った。女にだけ見せる優しい笑顔だ。
由美子はヘンリイと二言、三言交わした後、ヘンリイがサイドミラーから彼女を見守る中、小道を下りて行った。
「ナイス ガール」
トーマスと広場で顔を見合わせた時、未だ微笑の名残を留めたヘンリイが言った。
「ママがあのガールを明日晩餐に招待した。お前にも来るようにと、言っていた」
「そんな時間はない」
「勝手にしろ」ヘンリイは、ズボンの裾に鼻面を寄せて来た犬を足で払い、歩み去った。