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両親の家に立ち寄ると、いつになく早く帰宅したキクが、アメリカのチームが優勝し、日本のチームは銅メダルも取れなかったと、疲れた表情で報告した。
日本チームは、閉会式にも出ないで帰国するそうだと、続けて言ったキクは、
「そうそう」と、思い出したように言った。
「由美子が、オリンピックの後、しばらく休暇がとれるから、もう少しここにいようかしら」と、言っていた。
リクライナーでテレビを見ていたヘンリイがニコニコして、「ここに泊まるように言えばいい」と、言った。
聞こえなかったように、皿のスパゲッティをつついているエーモスを見ながら、
「そうね、」と、キクは思案顔をテレビに向けた。
自分がもっと居ろと、言えば、由美子はとどまるだろうと、彼は考えた。
しかし、自分の事を好きだと言ってくれた由美子ではあったが、
由美子の周囲には居なかったタイプの人間である自分はただ珍しいだけの人間ではないのか、
ただの興味本位で交際したいと思うのではないのか、
高学歴の日本人の女性が泥にまみれて豚を飼っている自分と結婚なんて考えるだろうか、
そんな事が一瞬頭をよぎり、トーマスはあえて何も言わなかった。
オリンピックが後二日という日の夜、トーマスはキクから手紙を渡された。
「母が倒れたそうです。日本に帰ります。落ち着いたら必ず戻ってきます」
ホテルから色々な人の手を経てキクに渡された手紙だった。
閃光が窓外を走ったと思う間もなく、遠雷が厚いガラスを通して聞こえてきた。
ジョージアのひび割れた赤土の大地に嵐と共にやってきた、オリンピックの喧騒と
トーマスの恋とも呼べない甘美な夏は終わった。
完