Mrs Reikoの長編小説                    

         邂逅 再びカリフォルニア州 11

休暇を終えて家に帰った瑤子は少ない収入を補うため、たまに行く寿司屋の若い日本人板前に部屋を貸した。

頼子に電話で下宿人の話しをした後、彼女はすぐ夫に伝えたものとみえ、彼の電話の態度が途端に素っ気なくなった

彼の嫉妬は解っていたが、単なる下宿人なのに、と瑤子は、気にもせず、勉強に励んだ。

冬休みに入った。

相変わらずグリーソンの冷たい態度は続いていたが、瑤子はグリーソンと一緒に行く狩りも楽しみだったし、何よりもジョージアの野山が恋しかった。

ホリデーインに部屋をとった瑤子を頼子は優遇してくれたが、グリーソンは狩りに誘わなかった。

そんな瑤子を次男のケンが鹿狩りに誘った。

三九歳の山男のような彼ははまだ独身で弟のデーヴと農場で働いていた

翌朝、瑤子はケンと農場に行って鹿狩りをした。

大きな鹿を二度ほど見ただけで獲物はなかったが、彼について広い農場を隈なく歩き回った瑤子は田舎の空気を堪能した。

以来、ケンは瑤子がコロンブスにいる間、毎日来て農場に連れて行ってくれ、鹿狩りをしたり、農場の仕事を手伝わせてくれた。

豚に餌をやったり、鶏の卵を巣から取り出す仕事は、楽しかった。

グリーソンは、極力彼女がケンと鹿狩りに行くのを阻止しようとし、自分が連れて行く、と言ったが、瑤子はケンの連れていってくれる鹿狩りや農場の仕事で満足していたので、グリーソンとは一度も狩りに行く事はなく、休暇は終わった。

ややこしい関係が消えるのならそれも良い、と彼女は諦めていた。

彼女がサンディエゴに帰って来てすぐ、下宿人の板前がロスアンジェリスに仕事を見つけた、と言って移って行った。

瑤子はもうジョージアに行くことも無いであろう、と収入が減るのを気にもとめなかった。

しかし、グリーソンの面影は胸から消えず、寂しさがまた瑤子を襲い、身体にも変調をきたした。

夕暮れになると、体が震えて、胸のあたり一面蕁麻疹が出た。アレルギーの薬を飲むまで、蕁麻疹も震えもなくならなかった。

彼の事ばかり考えていた瑤子の成績は散々で、落第寸前の点であった。

その後、日本から来た母親や従姉妹夫婦をもてなして、彼らを連れてサンフランシスコやラスヴエガスに行った彼女は、少し気が晴れ、九月からまた学校に通い出した。

丁度親類たちが来ていた時、ポールが休暇で帰って来たが、フィリップと部屋を共同で使わねばならなかった彼は、勤めのため早く寝る彼に遠慮して、洗濯場で本を読むようなことを余儀なくさせられて、可哀そうであった。

エミィがヴァージニアから電話をかけて来た。

彼女は例のトラック運転手と別れて、彼の友達の男と一緒にいる、と言った。

そして、彼女は彼を電話口に出した。彼女はそれまでにも何十人と瑤子に、会ったばかりの男を引き合わせようとしたので、またか、と思った。

彼は、自分は前の男のようでない。ゴミ箱のような家から、彼女を救い出して来たのだ、と言った。

エミイが代わって出て、彼は本当に良くしてくれる、と弁解した。

瑤子はそうなら良いけれど、と言って電話を切った。

 

そして、卒業式になった。

五月の末に最後の試験を済ませた瑤子は、卒業式の後に郵便で来る試験の結果を心配した。

最後の学期に相当苦労したので、本当に卒業できるかどうか、不安だった。

しかし、フィリップがほとんど強制的に借りさせたガウンと帽子を着けて、卒業式に臨んだ。

全校で五千人以上の卒業生がフットボールグラウンドで貴賓の祝辞を受けた後、百五十人ばかりの英文学卒業生は英文学部講堂に集まり、名前を呼ばれた瑤子も行って卒業証書を学部長から受け取った。

父兄席の一部から歓声が沸き起こった。

ロバート夫婦と孫二人、それにフィリップとガールフレンドであった。

時は一九八七年で、瑤子は五五歳であった。

試験の成績が届いた。見るのを怖れる瑤子から取り上げて開けたフィリップが、Cだ、と叫んだ。

ABCDF、の‘C’は及第点であった。安堵した瑤子は彼と乾杯した。