Mrs Reikoの 長編小説   戦争花嫁                        

     アンディの故郷 ヴァージニア州 8

出来上がった家の前に、鹿やウサギが入らぬよう、三坪ほどの土を柵で囲い、瑤子はそこに野菜や花を植えた。

アンディは中古のトラクターを買い、家の周りの土地を均し、種々の果物の苗木を植えた。

小川の側の凹んだ土地に大きな池を業者に作らせ、鯰の稚魚を買って来て放した。

三十センチほどに成長した鯰を、カリカリに揚げたものは、南部の御馳走であった。

アンディは川端の巨木の五メートルほど上にデヤスタンド(鹿台)を作り、そこから鹿を撃てるようにした。

又、小川を堰きとめ、メダカのような魚を掬って捕り、それを餌にアポマトックス河で魚釣りをした。

濁った河からはスズキに似た魚や一メートルもある鯰が多く釣れた。

瑤子が始めて鹿を射止めた。

吠えながら追う猟犬たちの大分前方を、歩いては止まりして、そっと辺りを見まわす鹿をデヤ スタンドから、木立の中六十メートルほど先に見た彼女が撃ったスラグは、鹿の肩を射抜いた。

鹿から三十メートルほどの近さから撃ったアンディの弾は当たらなかったが、彼はすぐ行って、傷ついた雌鹿を仕留めた。

二才ほどの若い鹿は案外重く、アンディは森の中から家に引きずって行くのに手こずった。

車で近所の店に持って行き、瑤子が登録した後、彼は慣れた手つきで獲物を捌き始めた。

獣の匂いとその生暖かい感触に瑤子は怖気づいたが、狩猟をする限り肉を始末することもそのうちと、黙ってアンディを手伝った。

器用な手つきで獲物を捌くアンディは、それまで彼女が知らなかったアンディで、瑤子は感心した。

若い鹿のステーキは軟らかく、味噌漬にして土地の老婦人にご馳走すると、こんなに美味しいヴエニスン(鹿肉)は初めてだ、と喜ばれた。

高校を卒業したポールも陸軍に志願して、フィリップと同じように新兵募集官の車で出て行った。

世界大戦中に召集されたアンディは、幸い血みどろの戦場に送られることもなく、三十年近くの軍隊生活を送って年金を受け取る身であったので、軍隊はあまり酷い所ではない印象を息子達に与えていた。

“Three hots and a cot(三度の熱い飯とベッド)”は、彼が軍隊を懐旧する時好んで使った言葉で、軍隊におれば兎に角それらは確保される、ということであった。

叔父の家のクリスマスパーティに行っても、一人ぽつんと座って黙っているようなポールを、瑤子はひそかに案じていたが、軍隊が彼を少しでもその殻から引き出してくれることを願う気持ちで止めなかった。

アンディは土地の年寄りから、Y字形に切った枝を逆さにして両手に持ち、歩き回ると、水源を探し当てられる、と言われ、早速試してみた.

ある場所で、一メートルほどの枝の先端が激しく上下に揺れ始め、持っておられぬほどであった。

アンディが持つ枝に手をかけてみた彼女は、電動式のように激しく揺れる枝にビックリして思わず手を放した。

昔はそうして水源を探したそうだが、井戸は既に掘られてあったので、折角の現象を利用することは無かったが、本当に不思議なことであった。

瑤子の毎日は実に充実していた。

彼女は野菜を壜詰めにしたり、店で知り合った日本女性やメリアンと共にキルトを作ったりした。

夫婦は今まで知らなかったお互いの魅力を認め合い、二人は知り合った頃のように愛し合っていた。

彼は誰彼のみさかいも無く瑤子の自慢をした。

彼女の料理を自慢したり、着ているものは、いつも色彩的にコーディネートされて

いるのだ。などと人に言う彼を、瑤子が後で注意すると、彼は胸を張って、自慢したいから、するんだ、と言った。

そんな時、グリーソンから手紙が届いた。

道路にある郵便受けからそれを持って来たアンディは、封を切らずに瑤子に渡した。

彼の名を封筒に見た瑤子は、開けずに彼に返した。

アンディが開けて読んだ。それによると、彼らはまだコロンブスに住み、オハラ一家の消息が知りたさに、復員軍人管理局当てに彼が出した手紙が回送されて来たのであった。

手紙には、犬達は死んでしまったが、銃はまだ大切に持っていて彼らの帰りを待っている、と書いてあった。

別れてから十五年ほど経っていた。

すぐ返事を出そうとしたアンディを瑤子は止めた。

調子の良い彼は人を利用するから、関わり合いにならないほうが良いだろう、というのが彼女の理由であった。

アンディはニヤニヤ笑いながら、「怖いのだろう」と彼女をからかった。

無鉄砲な彼がジョージアから出て来て、また彼女の心を騒がせるであろうことが予想され、既に五十近い瑤子は平穏な今の暮らしを壊されたくなかった。