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待ちかねていたようにドアが内側からさっと開き佳恵の小柄な姿が内部の灯りに浮き出された。
「またかかってきたわ。今度は嫌に丁寧な言葉でジョージはまだ帰らないかとか、妹のミリーは確か十六歳になったと聞いたが、とか関係ないことを言ったりして・・・・」
「ジョージは?」
「それが今日は四時頃オートバイに乗って出ていったきりまだ帰ってきていないの」
薄暗い電灯のともされた廊下を先にたってキッチンに真紀を導きながら佳恵は答えた。
「学校はすっかり辞めてしまったの?」
「たぶんそうだと思うの。何だかあの子のする事はさっぱり解らないのだけれど」
小さい時から成績が優秀だったジョージは両親の誇りと希望を一身に集めていた。
ハイスクールを卒業と共にアナポリスの海軍士官学校に無事入学したと思ったら六ヶ月もたたぬうちに舞い戻ってきて、以来、付近の大学に籍は置いたものの出席しているかどうか解らない、と以前佳恵が暗い顔で話した事があった。
もじゃもじゃの頭髪や髭に覆われたジョージの顔は目ばかり光り、初めて会った真紀に不気味な印象を与えたが良く見ると髭の下に隠れている顔は幼さも残り、佳恵に良く似ていた。
いつも物憂げで母親と真紀が自宅のキッチンで話していても真紀にはついぞものを言ったことが無く顔が会えばつと、目を逸らすようにするところから真紀はいつも知らぬ振りをすることに決めていた。
たまに、佳恵が気兼ねして「ハローぐらい言ったらどうなの」と声をかける時もあるが、その度ににやっと声無き笑顔を見せてその場をのそりと立ち去って行った。
キッチンの椅子を真紀にすすめた佳恵はコーヒーをぶ厚いマグカップに注ぎ入れながら
「こんなに遅くごめんなさい」と詫びた。
「いいのよ、お互い様ですもの。ジエニーは?」
「さっきシャワーを浴び出したようだったわ、あなたの車見てから少し落ち着いてきたみたい」
「ティーンエージャーの居る家は色々な事件が起こるので、退屈しなくて良いわね。
こういう事もあっと言う間に過ぎ去って又二人きりで寂しくなるのだから、せいぜい今のうちにエンジョイすることね」
と真紀が慰め顔で言うのに「こんなにハラハラさせられることなどいくら寂しくなっても二度と願わないわよ」
という佳恵は憂い顔ながら、色白できめの細かい肌と目鼻立ちの整った顔は五十に手の届く齢には見えなかった。
「ハローミセス カミングス」
頭にタオルを巻きつけてピンクのガウンを着たジエリーが入って来た。
十三歳とは言え母親より五、六センチ背が高く、シャワーで紅潮した母親似の瓜実顔は普段よりずっと大人びて女の真紀でもはっとするような美しさだ。
「何かあまり面白くなさそうな事があったみたいね。」
と真紀が微笑みかけるのを、ニッと笑って多くを語りたがらない。
「ジョージは帰ってきた?」ミルクを冷蔵庫の中から取り出しながら佳恵に聞く。
「まだよ、いったい何処へ行ったのかしら
」黙ってミルクをグラスに注いでからジエリーはそれを持って
「では、お休みなさい、ミセス カミングス」と言ってキッチンから出て行った。
「ジエリーも綺麗になって、あなた又一苦労ね」
「本当に、まだ十三だと言うのに、生意気なことばっかり言うのよ」
佳恵はそれから自分の育った九州の佐賀にまだ健在する父母の事とか佐世保で会ったマイケルと結婚に至るまでのことなど電話のことなど忘れたように雄弁に話して聞かせた。
やがて玄関のドアの開閉する音で佳恵の夫マイケルが帰宅したことが知れる。
「あら、もうこんな時間?話していると時間のたつのが早い事」
と真紀は壁にかけられた大きな時計を見上げながら声を上げた。
「まだ良いじゃないの、どうせビルは寝てしまったでしょう」佳恵が名残惜しげに言う。
キッチンに入ってきた白いユニフォーム姿のマイケルは意外そうな顔で「グッド イヴニング 真紀」と言ってから佳恵の顔を見た。
「なんだか変な電話がしきりにかかってきて気味が悪いから真紀に来てもらったの」
と言う佳恵の弁明に「大袈裟だからな」と小さく笑った。
「誰かがジョージを探しているようなのよ」
と言った途端笑いが消え「ジョージは何処だ」とこわばった顔で聞く。