Mrs Reikoの長編小説    サンタ アナの風

7

 車を5号線に入れ南に向かってスピードを出した

。夜の十二時を過ぎたハイウェイは他に走ってる車もなく、まるで、真紀一人のためだけの道路であった。

「この事は父母にも言わずに頂ければ有難いのですが。アナポリスから帰って以来ファーザーは僕に怒りをぶちまける時以外は口を利きません。マザーが僕を助けたくてもファーザーがそれをさせないでしょう 今は事情は話せないけど、あなたには話せる時がきたら必ずお話しします。ご恩は忘れません」

 やがてハイウェイの彼方に黒く覆い被さるように広がるティファナの丘が無数の民家の灯火を見せて見え始めた

道路のあちこちには「米国最後のUターン場」とか、「商業用車は右に」などと書かれた大きな標示板が次々に現れては後に消え去り国境に近いことが感じられ真紀は緊張する。

ゆるやかな坂を上りつめると、いきなり車二十台分ほどが止まれる広場に出る。

それら全体を跨ぐように建てられた白い巨大な陸橋のような建物が米国ボーダー(国境)パトロールの総合詰所だ。

昼間の混雑が嘘のような夜のボーダーは何千ワットと言う蛍光灯に照らし出された異様な明るさで、その中にぽつんと浮かび出された自分達が何だか現実感のない夢の中のことのように思えた。

 陸橋の下から二十メートル程先にメキシコ側の国境パトロールの粗末な建物がある。

四つあるブースの中の一つに車を徐行させた口ひげをはやした腹の突き出たメキシコ人のパトロールは欠伸をしながら手で通れと合図した。

ぐ~んと左に急なカーブで曲がる立体交差の上を走らせながら 「ティファナの何処?」と真紀は聞いた

五番街のホテル デル レイの前で下ろして下さい」「ではもう少し先ね」と真紀は週末でもない夜中というのに、まるで昼間のように人出の多いティファナのデコボコの車道を気をつけてながらゆっくりと運転していった。

 煌々と電灯が灯され中から球を打つ音が大きく反響してくる格納庫のようなハイアライ(三方の壁に球を打ちつけて点数を競うスペインの球技)の競技場や黒地に派手な刺繍のあるいでたちのマリアッチが陽気な音楽を奏でるオープンカフェ、タコをその場で作って売るショップを左右に見てやがて五番街の角に出た。

「あっあそこです」と指さす先を見ると角から三軒目に半分ネオンの消えた「ホテル デル レイ」(キングのホテル)の看板をかかげた全く名前に似つかわしくない小さな二階建てのコンクリートの建物があった。

右隣は「ドクトル マーティネズ歯医者」とあり、「英語話せます」とその下に書いてある。左隣は暗く閉まっていて何の店やら見当もつかない。

水溜りがあちこちにある道路わきに車を止めてジョージを下ろし、「サンキューヴェリマッチ」と言うのに「本当に大丈夫なのね」と念を押すとジョージは軽く頷いて真紀を見送った。