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「行くって、あなた一人でティフアナに行った事あるの?」
「無いわ一度だけマイケルが見物に連れて行ってくれた事があるけど、もう七、八年前のことよ」
「だって事故でも起こしたら一生そこの留置場で過ごすようになるかもしれなくってよ」
「ジョージをこのままには出来ないわ、もしかしたら助けを待ってるかもしれないわ」
簡単には引き下がらない佳恵の決意を見て、自分がジョージを連れていった責任感もある真紀は私も一緒に行くしかないと内心心を決めていた。
ティフアナには危ないから一人では、もう行かないようにと、夫のビルにこの間の朝事情を話した時に言われた真紀であった。
メキシコ国内で自動車事故など起こしたアメリカ人多数が自国の援助の手も届かぬ、
留置場で何時出されるという当ても無く悲惨な毎日を送ってる、という恐怖物語を何度も聞いている。
「マイケルは仕事?と聞く真紀に「え、今日は朝から」と言いながら服を着替え、ハンドバックを持ちベッドルームから出てきた。
佳恵の決意を見て、引き下がる訳にはいかなくなった真紀は、行ってはいけないと言うビルの顔が一瞬浮かんだがきっぱりと心を決めた。
「そうねえ、今二時だから・・・私の車で行きましょう」
「行ってくださる?」と見上げた佳恵の目には涙が光っていた。
週末の昼間のボーダーはどのブースにも車が十何台もつながり順番を待っている。
真紀は一番短そうな列の後ろに車を止め審査を待った。
メキシコ入国は時間をとらない。
両端の歩道を沢山の人がゾロゾロと歩いて陸橋の下をくぐり越境している。
メキシコ入国の人たちはすいすいと入って行くが米国に入国する人達はいろいろ書類を出してパトロールに見せている。
十分程後に女のパトロールの無言の合図で無事メキシコ国内に入り五番街に向けて車を走らせた。
ハイウェイを走る車はみなスピードをあげ真紀の車をどんどん追い越して行く。
混雑している街中に入ると真紀は極度に緊張して、こぶしが白くなるほどしっかりハンドルを握り、後方で早く行け、とブーブークラクションを鳴らすドライヴァー達を無視してゆっくり運転していった。