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五番街のホテル デル レイの前には空いてる駐車場がなく、そこから大通りを二つ越した先の「一時間五十セント」と英語で書いてある駐車場に車を預けた。
足場の悪い歩道で、ともすると転びそうになりながら人波に押され、青いビロードに描かれた絵とか、革製品、又は粗織りのポンチョなどがぎっしり置かれた土産物屋の前を通っていった。
店の前にはハンドバックを十も腕にぶら下げた客寄せの男が立ち、執拗に買っていけ、と通行人に食い下がる。
中には「ミルダケ」などと片言の日本語で真紀達に呼び掛ける者も居る。
かぶりを振って要らないと示すと、それでは、とポンチョをつきつける。
五、六歳の貧しい身なりの男の子が十程の包みの入ったグレイのチューインガムの箱を手に真紀のジャケットの裾を引いて買ってくれ、と言う。「ノーキエロ(要らない)」と断り六番街を横切る。
やっとドクトル マーティネズのオフイスの前に着いた真紀たちは立ち止まって灰色のモルタル塗り二階建てを見上げた。
白いカーテンでどの窓も覆われてドクトルのオフィスは人気も無いように見えた。
そっとドアを押してみると簡単に開いて、何処かでリンとベルが鳴った。
入ると直ぐに小さな待合室があり、正面の曇りガラスの小さな窓が受付のようであった。
いきなりスッと小窓が開き、年の頃四十歳位の白い上着を着た小柄な男が顔を覗かせた若い女の受付係を何となく期待していた真紀はちょっとどぎまぎして言う言葉を失った。
「イエス?」と見上げられて我に返り、「ドクターマーティネズ?」と真紀は英語で問いかけた
「イエス」「実はちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」
赤黒い男の顔は表情ひとつ変えず真紀を見据えた。
「私たちはジョージ ガーナーという男を捜しているのですが、あなたは彼をご存知ですか」
「ジョージ ガーナー?さあ私の患者の中にはそういう名前の者はおりませんが」
「患者としてではなく、お友達としてでもご存知ではないでしょうか」
「知りませんね」
男はつと、身を起こして素っ気無くそこを立ち去ろうとする。
「嘘、嘘よ」
今まで黙って側に立って二人のやりとりを見ていた佳恵は顔を歪めて小窓の前の台にしがみつき中を覗き込みながら叫んだ。
「この人が月曜日の晩遅くにジョージがここのドアを開けて入って行くのを見たと言ってるのよ」
「うちは五時まで営業ですから夜は閉まっていた筈ですよ何かの間違いではないでしょうかね」
男は側にあった煙草に火をつけながら言い、濃い煙を天井に向けて吐き出した。
「間違いではありません。ホテル デル レイの隣り、ドクトル マーティネズのドアを開けて入るのを見たのですから」
と真紀は語調を強めて言った。
「そんな事言われても困ります。私は五時には自宅に帰ってしまうのですから、その後のことまで責任は持てませんよ」
「この建物は誰か他の人も使っているのですか?」
「いいえ、ここは私一人で使っています」と答えた。そして開き直ったように「そう言うことをあなた方に答える必要はない筈ですよ。帰って下さい。でなければポリスを呼びますよ」と居丈高に叫んだ。
真紀は静かに「ジョージ ガーナーはこの人の息子です。もう五日も家に帰っていないので、非常に心配しています。どうぞ彼が何処に居るかご存知でしたら教えてやってくれませんか」と頼んだ。
「お気の毒とは思いますが、知らぬ事は言えません」と男は言ったなりぴしゃりと小窓を閉めて立ち去ってしまった。