Mrs Reikoの長編小説    サンタ アナの風

12

「行きましょう」閉められた小窓の側に呆然と立ち尽くしている佳恵を促して外に出た。

外に出た二人はかっと明るいメキシコの太陽に眼を射られて思わず瞼をこすった。

「ドクトル何か知っているように思えるけど、なかなか一筋縄ではいきそうにもないわね」と言うのに、「ええ」と上の空で答えたきり、佳恵は一人物思いに沈んでいる。

混雑したボーダーで三十分も待たされ,ようよう佳恵の家の前に着いた時には五時近くになっていた。

佳恵はその間相変わらず空ろな眼で前方を見続けたままだった。

「マイケルに話して彼の意見も聞いてみたほうが良いんじゃないかしら」

車を止めた真紀が言い聞かせるように佳恵を見ると「ええ」と答えたなり、動く元気も無くしたように黙って座り続けていたが、夫のマイケルが運転する白のピントーがドライヴウエイに入ってくるのが見え佳恵は仕方なさそうに車から降り「いろいろ有難うございました」と、きちんと礼を言ってから重い足取りで夫の方に歩いて行った。

「私に出来ることがあったら知らせてね」と追いかけるように声をかけ、いぶかしそうに立っているマイケルに軽く手を上げて我が家に向かって車を走らせた。

「帰って来たか、あんまりスーパーからの帰りが遅いので、ちょっと心配してたよ」

庭で垣根を直していたビルは真紀を見て手の泥を払いながら立ち上がった。

「直ぐ食事の支度をするわ」とキッチンに入った真紀の側で手を洗い始めたビルに、「私実は又テイフアナに行ってきたの」

と、夫の顔を見ずに報告した。

しばらく物も言わず真紀の顔を見ていたビルはゆっくりと「どうしたって言うの」と非難混じりの声で聞いた。

「ジョージがあれから帰って来ていないんですって」テーブルに食器を並べながら真紀は昼間見聞きした事を伝えた。

「イリーガル エーリアンスだって?危ないなあ」と、少し前に学校から帰って来て、側の椅子で新聞を読んでいたケネスが母の顔を見上げて言った。

「なにしろイリーガル エーリアンスを密輸する商売は儲けの大きなことでは麻薬と変わらず、組織の規模の大きさはマフィア並みと言われてるからね」

「ママあまり関わりにならない方が良いよ」と重ねて言うケネスに、

「でも、ああいう立場に立たされているのに、同胞として知らん顔も出来ないでしょ。私たち日本女性は親戚も側に居ないし、寂しいのよ、必要な時にはやはり助け合わなければ」

「ママはやらなきゃならないと思った事は遣り通すからな」とビルは椅子に座りながらケネスの顔を見て静かに笑った。

「いったいジョージはイリーガル エーリアンスとどういう関係があるのかな」

「それは誰にも解らないことなのよ、佳恵の話しではアナポリスから帰って来て以来なにか投げやりで、定まった職も持たず、それなのに、お金は少しながらも持っていたようで彼女がたまにマイケルに内緒でお小遣いをやると言っても要らないと言って受け取らなかったって言うのよ。

佳恵は彼が機械いじりが好きで、前から人の車を直すのを手伝ってやったりしていたから、そんな事で小遣い銭を稼いでいるのだろう位に思っていたのよ」

「今度テイフアナに行かなくてはならない時には連れていくから必ず知らせるんだよ」とビルは再び真紀に念を押した。

「私も当分行かなくても済むように願っているわ、ジョージさへ帰ってくれば、済むことなんだけれど」

そんなにして追われたようにティフアナに行ったのなら当分は隠れていて帰ってこないだろう」

 六時のニュースを聞くため、ケネスがスイッチを入れたテレビから、来週あたりからサンタ アナの風が吹き出すでしょうと言う気象予報士の声が思いを巡らしている真紀の耳に入った。