Mrs Reikoの長編小説  戦争花嫁     

           障害児の娘 ジョージア州 8

相談する人もいない煩雑な毎日に疲れた瑤子は、だんだん世間に対して反抗的になっていった。

エミイがトラブルを起こす度、日本人だから礼儀知らずだ、とか、無知だとか、親が批判されるのが、瑤子には堪らなかった。

人の良いアンディに訴えても、いつもその場に居合わせたことがない彼にはよく彼女の気持ちが解らず、アメリカ人特有のジョークで瑤子を笑わせ、優しく彼女を抱きしめるのが精一杯であった。

そういう彼に当たることもできず、結局瑤子は彼が嫌がるのを承知でタバコを吸い始めて鬱憤をはらした。

子供がタバコを買うことを禁じられていなかった時代なので、彼女は始終子どもを向かいの店にやってタバコを買わせ、プカプカ吸っては悪女ぶった

アンディは、タバコを隠したりして止めさせようとしたが、そのようなことをすればするほど瑤子が意地になったので、とうとう諦めて何も言わなくなった。

心休まらぬ瑤子と家族の生活が続いていたある日、相変わらずアンディが留守で、多忙な瑤子のところに、

グリーソンから電話が来た。

故郷のミシシッピーに退役後一年ほどいたが、そこから出てきて現在、近所の知り合いの家に泊まっている、と言う。

頼子や子供たちはまだミシシッピーの母親の家にいるが、職を探すため暫くコロンブスにいる、とのことであった

世話になった彼のこと故、瑤子は、「良かったら家に泊まりなさい」と誘った。

「ありがとう、考えておく」と電話を切った彼からまた二.三日して電話があり、

「今からそっちに行っても良いか」と聞く。「ぜひ出ていらっしゃい」、と言った  瑤子は、エミイのベッドを男の子たちの部屋に移して、彼のためのベッドを整えた。

夕食後やって来た彼は、相変わらず子供たちにまで愛想が良く、彼らはミスターグリーソン、と呼んで、はしゃいだ。

白のワイシャツ姿の彼は、短い髪をして犬ばかり扱っていた兵隊時代と違い、ロマンスグレイの捲き毛のこざっぱりした中年男になっていた。

しかし、労働で鍛えた筋肉の盛り上がる腕と、芋虫のように節くれ立った指の、精悍ともいえる中肉中背の彼は、ピアニストのように白く細い指をした、背の高いアンディとは正反対であった。

その晩は子供たちも交えたお喋りに終わり、瑤子の、「泊っていきなさい」という勧めも断って、彼は狩仲間の家に帰って行った。

四.五日して演習から帰宅したアンディにグリーソンの来訪を告げると、どうして泊っていけ、と言わなかったのか、と彼は聞いた。

人を笑わせることがうまいグリーソンは、昔から回りの者の人気者であった。

そしてその時アンディは、二週間後に、ドイツに六ヶ月の臨時任務のため、発たなければならぬことを、瑤子に告げた。

既に十一歳になっていたエミイは、仲間と共に空き家に入って一晩過ごし、警察に上げられる、ということまでし始めていた。

幸い空き家であったため、大した罪にもならず、エミイは帰されたが、そのようなことが起こる度に、瑤子は心配と屈辱で身が細る思いであった。

体も瑤子と同じ位に成長した彼女は、日本語でさえ怒ると吃り気味になる瑤子を尻目に、口答えして彼女をますます苛立たせた。

口論では、なんと言っても二才の時から英語一筋で育ったエミイには敵わなかった。

精薄とはいえ、言葉は同じ年頃の子供たちに負けぬ程発達していたエミイは、理屈に合わぬことをまくし立てて反抗し、ついには、言って聞かせる根気も尽き果てた瑤子が黙ってしまうのであった。

いよいよアンディがドイツに発つという日、朝はいつも機嫌の良い彼が、口笛を吹きながらブーツを磨いたりして身支度するのを、瑤子は皮肉な目で見ながら、「まるで、行くのが楽しみなようね」と言わずにはいられなかった。

「そんなことは、無いさ」と彼は言ったが、暫く家庭生活の雑事から離れていられる彼が瑤子は羨ましかった。