Mrs Reikoの長編小説                     

                        永遠の別れ 再びカリフォルニア州 3

清潔好きなアンディは、何か臭いものを嗅ぐと、すぐ、ガーッ、ぺッと、唾を吐く癖があり、瑤子は前から気になっていたが、なにも言わなかった。

運転中、イタチの匂いがすると言って、彼はすぐ窓を開けて唾を吐いた。

早起きの彼が毎朝朝食を作って、ベッドにいる瑤子を起こしに来るのが日課になっていた。

ベッドルームを出た後も唾をはいているのを見た瑤子は、自分の寝息がそれほど臭いか、と朝から気持ちが沈んだ.

ある朝、ベッドから突然起き上がったアンディが、「息が苦しい」と言ってベッドの端に座って肩で息をした。

急いで服を着た彼は、自分で運転して近くの海軍病院に行ったが、午後になって帰って来て、医者は「肺炎だと言って抗生物質を呉れた」と言った。

薬をのんで暫くすると少し気分が良くなったようであった。

しかし、二、三日しても息苦しさが治まらず、肺炎にしては咳も熱もなかったので、彼はまた病院に行った。

夕方帰ってきた彼は力ない顔で、医者は癌を疑っている、と告げた。ショックで言葉も出ぬ瑤子は泣き崩れた。

アンディは、不思議そうに自分の体を見回しながら、「別にどうもないのにナ」と言った。

少し目方が増え気味なのを気にするほかは、体力もあまり若い時と変わらぬ彼が、癌に侵されているとは信じ難かった。

それから二週間ほど、彼はテスト、テストで、病院に通い続けた。

病名はリンパ腺の癌であった。

医者はこの種の癌は長いことかかって病状が出る、と言い、案外治しやすい病だ、とも言ったので、彼等は多少安心した。

すぐ化学療法の治療を始めたが、癌患者は匂いに過敏になる、と言った医者の言葉で、彼の匂いに対する異常な反応が瑤子に理解された。

家からローションとか頭髪用のコンディショナーを始末しろ、との医者の指示で、怖れと悲しみに打ちのめされた瑤子は、泣きながらそれらと共に家中の観葉植物を捨てた。

一週一度、化学療法を受け始めたアンディは、いつも病院からの帰途、瑤子が運転する車内で吐き続けた。

ぐったりした彼に気力が戻り食欲が出るには二、三日かかった。

息苦しさは胸壁に溜まった水が肺を圧迫するためであった。

化学療法を受けながらも彼は普通の生活を維持しようと努力し、相変わらず買い物に行ったり、会合に出席したりした。

化学療法、放射能治療、摘水手術、を繰り返し受け、まだ五六歳のアンディの憔悴ぶりは見ていられなかった。

瑤子にできることは、週に一度の化学療法のため、彼を病院に連れて行くことと、彼の好みの食べ物を作るぐらいであった。

噛む力も弱くなった彼はオートミールを好み、甘いキャンデー類を恐ろしいほど食べたがった。

通院以外は終日ベッドでテレビを見ている彼を見て、瑤子は将来の身の振り方を考えぬわけにはいかなかった。

もし彼が死んだら友達も親類も側にいない彼女は寂しくて耐えられないだろうと思うと、いてもたってもいられなかった。

瑤子が働かなくとも、一応家のローンを払っていけるほどの年金が入るように、アンディはしておいてくれた。

しかし、もし彼がいなくなったらこの広いアメリカで、なにを支えに彼女は生きて行くのであろう。

地獄のようなエミィとのやりとりの外、ロバートは自分の家庭のことで精一杯であったし、フィリップはエンジニアを目指して大学最後の年の勉強に追われていた。ポールは朝鮮に赴任していた。