Mrs Reikoの長編小説                             

                   終焉    再びカリフォルニア州 22

 

オリンピックのため瑤子がラクーン狩に行けず、グリーソンは焦れていた。

ようやく暇になった瑤子と毎晩のように狩に出ていたが、ある夜彼は、今夜はどこにも行かずに君と、ゆっくりする、と言って部屋のソファーに座りこんだ。

彼はそれからも、長い間家に帰ろうとしなかったが、やがて、ノロノロと帰って行った。

その四.五日後、彼の家に行って見ると、彼は椅子に座って元気の無い顔をしていた。

インフルエンザになったみたいだと、肩で息をする様子を見た瑤子は、「病院に行った方が良い」と言ったが、「大丈夫だ」と動こうともしなかった。

翌日頼子が電話で、グリーソンが入院したことを瑤子に知らせた。

病院に行くことを頑なに拒否していた彼だが、「息ができない、」と上りかけた階段の途中でうずくまったので、救急車で病院に運ばれた、とのことであった。

次の日、頼子がまた電話で、血液凝固阻止剤が投与され、酸素マスクをつけた途端に普段の彼に戻り、同室の同じ年頃の男とお喋りを楽しんでいる、とのことだった。

月曜日の朝、頼子が、その日、カテーテルで大腿部から造影剤を入れて血管を調べる検査をすることになった、と言った時、彼女は、義弟の妻が頭の動脈瘤の手術を受けた時、血液凝固阻止剤を呑み続けていた彼女の出血が止まらなくて、死んだことを思い出した。

病室に電話すると、室内で検査を待っていた彼が受話器を取った。

自分ももう七六歳だから、と彼がしんみり言った時、できる限り生きていて、と瑤子は言った。

電話の向こうで彼が静かに泣いている気配がして、長い沈黙が続いた、

「会いに行こうか、」と彼女が聞くと、「今夜まで待ってくれ、」と彼は言い、

その後、瑤子がそれまで聞いた事も無かったような、静かな、心からの

「アイラヴユー」で会話は終った。

“今夜“は永遠に訪れなかった。昼過ぎ、彼が死んだことを頼子が伝えてきた。

矢張り彼は検査の途中、出血多量で死んだようであった。

彼との会話のすぐ後、瑤子は近くの花屋に行って、彼が好きだと言ったバラの花を病院に届けさせた。

黄色のバラを、と言ったが、真っ赤なバラしかない、と言われ、深紅のバラはあまり派手で気が引けたが、一ダース届けさせた。

頼子に電話で、黄色を、と言ったが無くて、赤になった、と伝えると、頼子は、「検査するだけなので、花を贈ることもなかったのに」と暢気なことを言った。

赤い大輪のバラは、彼の遺体が葬儀屋に運ばれた後、家に持って来られたが、不思議なほど長い間、活き活きと芳香を放っていた。

 

フォートベニングの軍人墓地で行われる葬儀に行った瑤子は、黒い服を着た頼子の頬にキスして「とっても綺麗よ」、と囁いた。

グリーソンがいたらさぞかし自慢したであろうと思えるほど、彼女は美しく、品良く見えた。

彼女の側に並ぶ大男の息子たちにもキスをした瑤子は、周りの人たちに紹介された。

四十年以上も土地に住んでいた、人気者のグリーソンには知人が大勢いた。

頼子も瑤子も泣いてはいなかった。

その二週間後、瑤子は家財道具をなにもかも頼子に譲ってカリフォルニアに帰った。

グリーソンの墓を訪れて赤いバラの花束を供え、“さようなら、ジャック wグリーソン“と、最後の別れを告げて車に乗つた。

微かにラジオから流れてくる、“He stopped loving her today”と、死によって執着からやっと解き放たれた男を詠う、哀愁おびた歌声を耳にして耐えられず、とめどなく流れる涙で前方が見えなくなった

                    完